放浪したらやっぱり意識が変わってきた

部屋のなかの記憶はすみやかにもどってきた。まだモノの場所があやふやだけど、もう流しを見て違和感をおぼえることもない。
しかし、部屋のなかが散らかって雑然としている様子にあらためてがっかりしている。う~ん、キレイなところに住みたいよ。

北海道で見たものをしょっちゅう思い出す。
どっしりそびえていた羊蹄山、断崖をともなった岬、クラクラするほど碧いシャコタンブルー、地平線まで一直線に延びている道路、地球が丸いと実感できる開陽台……
そのどれもが、ケタはずれに雄大でのびやかでうつくしかった。

北海道は家も大きい。庭も大きい。本州で当たり前のギュウギュウ詰めの住宅地はほとんどなくて、広々とした敷地にゆったり建てられている。
ゆとりを持って建てられている光景は、ながめていても心地いいしやっぱりキレイだ。

そうそう、つまりね、北海道は家でも道路でもなんでも、広大な空間にゆったりと少なめに配置されているから、街並みがとてもうつくしく見えるんだ。
そうか、だからウチの近所がゴチャゴチャして小汚く見えちゃうんだね。
いや、近所にケチつけるまえに、自分の部屋を片付けろよ!

あらためておどろいたが、北海道に長期間いたことによって、自分の意識がかなり変わってきている。
そのひとつに「キレイなものを見ていたい」という欲がとても強くなった。
北海道で見ていたようなすっきりとしたながめをどうしても求めてしまう。

じゃあ、とにかくまずは汚部屋をなんとかしないとね。
いまよりもっと広いところへ引っ越したいなどとつい考えてしまったが、それよりも片付けが先だな。

もうひとつべつの意識の変化だが、「自分が好きなもの」がより明確になってきた。
やっぱり「山・自然」が大好きと再確認できたし、それに加えて「クルマ・建築物・インテリア」もけっこう好きだとわかった。

逆に重要度が下がってしまったのが「音楽」。
CDをパソコンにコピーしておいたが、ほとんど聴かなかった。まあ、ウチでもあまり聴かないから当然かもしれない。
それなら、いっそのこと電子ピアノを処分してもいいかな。アレがなくなるとずいぶん広くなるんだよね。

小さいころに親がピアノを習わせたのだが、ピアノについては「もったいない」という感情が湧いてきてモヤモヤする。
ピアノを手放すということは、同時に親の価値観も手放すということにもなりそうなのだが。

旅にはやはり「自分探し」の色合いもあって、自分がほんとうにやりたいことは何なのか?が少しずつカタチになってきているような気がする。

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