無職の日々にさようなら

年末に第九を聴いたら、音楽のスイッチが入ってもうて、それ以来毎日ついついYouTubeを漁ってしまう。
YouTubeってさあ、見はじめたらキリがなくて、つぎからつぎに見たくなってあっという間に時間が消える。

今日はヒザがシンッと痛むし、どこにも行かず引きこもり、てか、聞きこもり?になってしまった。
YouTubeのおかげで、むかしのめずらしいライブとか聞き放題だし、あー、いまはなんでもタダで楽しめる時代だよなあ。

そういえば、おととし職業訓練に行っていたとき、オフィスソフトを教えてくれてた先生が、「パソコンでこんなになんでもできるようになって、その分確実に時間やお金が浮いているはずだけど、果たしてそれらをボクたちは有効に使っているんでしょうかねえ?」とつぶやいていた。

うわあ、イタいとこ突かれたわ。そうそう、私もずっとまえからそう思ってたんだよ。自分をふりかえってさ。
私は長年引きこもりだったこともあって、毎日十数時間パソコンでヒマつぶしをやっていたけど、はあ、とくになにか身についたモノってない。

テレビをつけっぱなしにしているのとあんまり変わりない。
なんつーか、ウチで安価に無制限に楽しめるモノだから、ありがたみもなにも感じなくなっちまって、ただ時間だけが消えてしまった。

さて、明日は会社へ初出勤だ。
いちおう65才までは雇ってもらえるらしいので、うまくいけばいまから8年ちょっと働けるかもしれない。

私はどこに就職してもすぐにケツを割ってきたので、こんどこそはがんばってつづけたいと思っている。
ま、それも「絶対」というわけではない。勤めつづけるか、それとも辞めるか、べつにどちらを選んでもかめへんよという「自由」を意識しつつ、それでもできれば「継続」を選んでみようかね?というスタンスだ。

働くとなると、当たり前だけどけっこう長い時間拘束されてしまう。ホントはそれがいちばんイヤ。
けれども、そうしたほうがかえってウチにいるときの時間を大切にできそうな気もする。

つまり、いままでのようにだらだらネットだのYouTubeだのにふけっていられなくて、もうちっとメリハリのついた過ごし方ができるかもなと期待している。
それも結局、自分次第だ。やっぱり自分のライフワーク(山、放浪、音楽)が充実するように、いつも考えておかないとね。

自分の魂がよろこぶことにいつも照準を合わせていたら、たぶんどんな仕事をしていても大丈夫だと思う。
もうこれからは給料の分だけしか働かないし、それがどのぐらいなのかは私が決める。そういうのが「自分軸で生きること」なんだとやっとわかってきた。

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