ふたたび「命がけ」、どんな領域でもやっぱり覚悟が必要

来年1月12日、ピアノの発表会がある。
どないなるんや?といまから困惑している。

「人前で演奏する」という世界を想像できへん。
こないだ先生に「緊張するんですかね?」と質問したら、先生「その緊張を楽しんでください」と言われる。

う~ん、いまひとつよくわからん。しかし「そういう極限状態」でオノレがどんな反応をしめすのか?には興味ある。

そういえば、9年ほどまえにある資格試験を受験したとき、おもくそ緊張して手の震えが止まらず、マークシートを塗りつぶせなかったことがあった。右手がぶるんぶるん痙攣しとんねん。しょうがないから震えを止めるべく左手で右手を押さえつける。でもな、その左手も震えとるからあんまり効果ない。

と同時に、いや、ココまで緊張した経験はまったくはじめてだったので、なるほど、エンピツも持てへんようになるんやなあって感心してた。

発表会もそないなるんやろか?
手も足もガタガタ震えてたら、ぜんっぜん弾けへんやん?



けっこうコワいなあと想像してたら、登山用語で「ミシンを踏む」ってヤツを思い出した。ロッククライミングとかの最中に足がガタガタ震えることをいう。
垂直の岩場をノーロープでよじ登っていて、ココで落ちたら一巻の終わりなのに、つぎの手がかりが見つからへんってなシチュエーションで「ミシンを踏む」。

ワシはほとんどずっと単独行だったから、ソコまでエゲツない登りかたはさすがにせえへんかったけど、「ココで足を踏み外したら」「ココで手がすべったら」「ココでピッケルを打ち込みそこなったら」ってのはやっぱり10回ぐらいは経験したのう。いま思い出しても、はあ、怖っ!

山はホント危険っス。長いあいだ登ってるヒトはみんななにかしら「エラい目」に遭うとる。とくに「ロープで確保する、せえへん」とかやっとるヒトたちって、「二十代ごろの知り合いの人数→五十代には半減」とか言うとる。半分ぐらいしか生き残ってへん。

ワシは冬山をヤるまえに、数ヵ月だけ「登山塾」に入っていたことがあったが、その塾にいてたあいだだけでも、そこの先生や塾生が「〇〇さんが遭難死した」だの「去年はダレソレがドコドコの山で最期やった」だのふつうに話しとる。そのうちに、先生が引率していた雪山で雪崩が発生して何人か亡くなった。そのときから十数年後、その先生ご自身が滑落して重症と報じられていた。



てか、ワシも一回遭難してヘリコプター飛ばしちまいました。ホニャララ県警のみなさま、その節は誠に申し訳ございませんでした。
ああ、ビバーク寒かったよ。よく聞くけど、遭難した夜はものすごく長かった。でも、必ず生きて帰るとオノレを奮い立たせて一晩耐えた。

ええと、つまり、まあピアノの発表会ならば、そこまでオオゴトにならんわな。
暗譜がぶっ飛んでたとえ一音も弾けなかったとしても、捜索してもらわんでええな。身元引受人を妹に頼まんでもええ。県警のヘリが出払ってて民間ヘリしかけえへんで、あとで数百万請求されるとかの心配もせんでよろしい。

とはいっても、ピアノの世界では「人前演奏」って命がけでやるもんじゃないかね。そのぐらいの意気込みは必要だと思う。
なんかついつい山とかクルマとか比べて、「ピアノ死なへん、安全」って思うけど、いやその甘さがあかんねん。冬山単独行ヤるぐらいの覚悟で臨みたい。

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