「最後のチャンス」がめじろ押し

今日も「峠越え」して別店に出勤する。どんなに不調でもクルマに乗るとうっかりココロが踊る。なぜっ?!

いやあ、コドモがゴーカートに乗ってるのといっしょでさ、アクセル踏むと勝手に動くってオモチャがおもろいねん。ホンマ、ガキのころゴーカート乗りたかったわ。でも乗った記憶ないな。あと、自転車もすっごく欲しかった。でも買ってもらえなんだ。

けれどもそのころからの夢がかなって、うへへ、いまならいつでもクルマで遊べるぜっ! ときどきぶつけるけど。いまのヤツも2回自損事故ヤッとるからね。こないだは左のドアミラーぶっ飛んだわな。アレはショックやった。しばらく左が気になってしょうがなかった。でもいまはもう忘れた。仕事とかピアノがタイヘンすぎて、ミラーのひとつやふたつモゲても大したことあらへん。

さて、峠をよっこらしょと越えて、別店に着いて、今日はまたべつのパートさんと仕事した。このヒトもええヒトやった。ここの店長もええヒト。そいでお客さんもええヒトばっかり。こんなにええヒトばかりに囲まれてるのに、仕事がしんどいワシ。なぜっ?!



まあ「慣れてない」もんね。入ってからまだ1ヵ月も経ってへん。どんな仕事でも慣れるまでは最低1年はかかるよな。それなのに、今年3ヵ所めの職場ってのが哀しい。ちょっとまえに先輩パートさんのひとりが「春子さん、やめないでね」って言ってくれた。やめへんやめへん。こんどはぜったいつづける。それに、そんなことをわざわざ言ってくれる先輩の気もちがうれしかった。

でもなあ、「就職すると、自動的に発生する人間関係」ってのにいつまでたっても慣れない。なんなん?そのしくみ。
その違和感は、18才で会社に勤めはじめたときから感じてる。コンナトコロにぜったい居たくないのに、なぜいつのまにか組み込まれてるんや?ってずっと思てた。結局どこ勤めても、ヘンやな、オカしいなあ、こんなハズやないなってクビかしげてる。

それに加えて、仕事での「役割」を演技するのがすっごく気色わるい。そこらへんをあんまりじっと考えてると、しまいには突き抜けてオカしくなってしまう。なんか「ごっこ遊び」してるようで笑える。コンビニでパートしてたら「コンビニごっこ」、受付の仕事やったら「受付ごっこ」。

えーっ?! なんでふつうのヒトたちはふつうに仕事できるんだろっ?! なんでそんなにチャチャッと「店員さん」を演じられるんだろねえ。



しかし、ワシはいま「店員さん」になるべくいちおうがんばってる。うん、たぶん毎日やってたらそのうち慣れる。いや、こんどこそ慣れたい。
さすがにいつまでもガキンチョでいるのはどうかと思うわ。最後に一回ぐらいは「ちゃんとした店員」になってみたい気がする。

そう、もういろんなことが「最後」になりつつある。クルマころがしてわぁい!なんて言うとるのもいまのうちだけ。そのうち免許返納や。

だとすると、こんどのパートも「最後」のチャンスかもしれん。「最後にちゃんとした店員になる」チャンスね。

心理学のセミナーとかで会ったヒトたちによく言われるけど、「春子さんはヒトと接する仕事が向いてる」って何回か聞いた。自分ではあんまりそう思わなかったけどね。

どうしてそう見られるのか?
それは「寂しそうだから」だと思う。事実、寂しい。

そうか、寂しい人間は店員が向いてるんか。
そう思いながら、とっぷり日が暮れた寂しい峠を越えてウチに戻った。

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