「自分、たいしたことないんです」が生み出すデメリット・メリット

「私はたいしたことない人間」という「自己定義ビリーフ」を持っているとどうなるか?

まずはデメリット。

・嫌われているような気がする
→コレ、ものすごく強いっス。どうかすると全人類から嫌われているような気になったりする。
・話をよく聞くフリをしないといけない
→そのぐらいしか取り柄がないんで。
・やりたくもない仕事を一所懸命やらないといけない
→えっと、カウンセラー先生がさ、「これまでやりたい仕事、ちゃんとやってきましたか?」みたいなカオされていたけど、いやしてない。そりゃ先生も「そうだろ?」って思ってるな。
・人からなぜか理不尽に扱われる
→そんなに年がら年中じゃないけど、まあときどきある。
・人にナメられる
→コレはいまのパート先で、先輩さんにも指摘された。しかもふたりのヒトから「なんであのお客さんたちは春子さんにだけ文句言うんやろ?」
・サービス労働、ガマン、不満、いつか自爆
→コイツはずいぶんやりましたぜ。月100時間とかサービスして、そのうち突如ブチ切れしてトンズラこく。ワシの得意芸。
・言いたいこと言えない
→ま、だいたい黙っているつもりだけど、いやあ、なんか「そういう雰囲気」ふりまいてそう。ヒトってわかるんだよね、黙っててもさ。
・仕事が続かない
→そ、その通り……
・責任を取れない
→は、はい。だいたいすぐ逃げる。
・自己実現が怖い
→結局、コレがいちばん問題なのだ。無意識に「やりたいこと」に対してブレーキがかかるので、「理由はよくわからないけど、やりたいことがウマくいかない」という状況を作り出してしまう。



こんなにデメリットがあるのに、それでも「私はたいしたことない人間」にしがみついているのは、ちゃんとメリットがあるからだ。
メリットをあげてみよう。

・責任を取らなくていい
→そうそう、ラクでしょ?
・努力しなくていい
→「努力する能力」すらないってことにしとくと、やっぱりラクじゃん。
・やられる前に自分から転んでおく
→そうなんよ。このメリットはすっごく大きい。だって「ホラホラ、もう転んでんだよっ! こんなにケガしてるんだよっ! だからホラ、攻撃せんといてねっ!」って言えるじゃん。
・母から責められない、母を怒らせない
→そろそろ本丸が出てきた。そう、モトはと言えば母ちゃんに対抗する手段だった。
・母のプライドを傷つけない
→なにせ「よいしょ」を強要するヒトだったんで。
・母より低くなることで一時的に母の機嫌がよかった
→同上
・かわいそうな母をなぐさめる
→う~ん、ま、かわいそうでしょ? ウチの母ちゃん、実母:6才のときに家出、継母1号:母ちゃんを虐待のち病死、継母2号:自殺。
・母が笑顔になるため
→そうだなあ、コドモはだれでも親の笑顔を見たいじゃん。



で、カウンセラー先生がホワイトボードにびっしり書き上げたあと、こう尋ねられた。
「春子さん、いま現在、デメリットとメリットとどちらが大きいですか?」

いやあ、それはもうデメリットのほうがデカすぎっ!
ワシ「はい、もう『たいしたことない人間』やめたいです」

このときつくづく思ったんだけど、「場の力」というのも強力だね。なにせ公開カウンセリングでしょ? みんなが見ているまえでこれだけ白状してしまうとさ、ホントのホントに身に沁みて「ああ、もうやめたいっ!」って思うもんだ。それはもう、ずっと見守ってくれているヒトたちに感謝だねえ。

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