カウンセリングの修行|意外にも「質より量」

ココロの深い部分は、徐々に落ち着いてきたようだ。相変わらず眠気は強くて、今日も起きたのが午後2時ぐらいだったかな。昼食を食べてしばらくしたら、またフーッと眠くなってきたので寝てしまう。3時間ほどふたたび眠る。

けれども、夢がかなり少なくなってきた。覚えている夢もそれほど奇怪な内容ではない。あー、やっぱり夢には無意識が反映されるんだなあと思った。そして、寝ているあいだに無意識と顕在意識が調整、統合されるんじゃないかと思わせられる。

ふつうにトロトロ眠れるようになってきて、今日の夜はだいぶん回復した。べつにカラダの疲労はまったくないのに、個人セッションで無意識の領域に切り込まれただけで、こんなにヒドくダメージを受けるんだね。

これまでいろいろなカウンセラーに会ってきたが、大塚あやこさんは超越的すぎる。宗教家やシャーマンのような特異な能力をお持ちなんじゃないだろうか。そういうかたのセッションを受けると、結局最後の最後は「いのち」と向き合うところに行き着く。

それで? いったいこれからどうするの?



いやあ、いまの正直な気もちとして「カウンセラーになる」というのは非常にむずかしいことだなと困惑している。養成講座を受講しました、自主トレーニングもやりました、課題図書も読みました、さあはい、カウンセラーになれます、という話ではまったくない。なかなかに「怖ろしい世界」なのだ。

ただし、あやさん(大塚あやこさん)は、講座のたびに「カウンセリングは『質より量』です。本当にそうです。とにかく量をこなしてください」と言われているので、え?それでもいいの?と驚いてもいる。

へえ、そう? ピアノとはちがうんだ。ピアノは「ひたすら集中して心を込めて練習しても、それが『まちがった』やり方ならば、むしろ害がある」と先生から言われていたので、どうもカウンセリングもそうじゃないかと勝手に先入観を持っていたが、そうなんだ、カウンセリングは「ひたすら量」でいいんだ。

そうであるなら、怖ろしいだのウマく聴かないといけないだの深いだの浅いだの、ウダウダ悩んでいても無意味で、「行動する」ことのみが上達につながるんだね。なので、できるだけ早く自主トレーニングの相手さんを探して、セッション練習をやらないといけない。

だけど、ついピアノに流れるんだよね。いまのところ、セッション練習そのものがしんどいから、ついついピアノを弾いてしまう。たぶんやる気をくらべると「ピアノ対セッション」=「100対1」ぐらい。ま、それほどにピアノが魅力的というわけなのだ。

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