お粥で育ててみたいもの

個人セッションを受けてから11日間経過した。正直なところ、つい体調不良ばかりが気になる。悪夢は見なくなったけれども、まだいくら寝ても眠たい。微熱がつづく。たまに下がっているときもあるがだいたい熱っぽい。

水銀体温計しか持っていないから測るのがめんどくさい。いちどちゃんと15分測ったら36.5度だった。そんなぐらいだと思ったとおりだった。平熱はたぶん35度台だから、いまの程度でもしんどい。私はストレスがかかると微熱が出るタチなのだ。いったんそこにハマると1ヵ月ほどはつづくので気長に構えておく。

などと文句ばかりならべてしまったが、「感情の変化」もちゃんと生じている。

もっとも大きな変化は「あらゆることから、ちょっと距離ができてしまった」こと。世の中から半歩ぐらい離れてしまった。離れてはじめてわかったが、以前はもっと近距離であーだこーだ悩んでいたんだなあとわかった。



ええと、なにで困っていたっけ? そう、たとえば物忘れがひどくて仕事ができないこととか。しかし、いまはもう気にならない。ついでに、パートへ行くこともそんなにイヤではなくなった。「他人全員」の存在が希薄になってしまって、なんかそういうことはアタマに上らないようになってしまった。

で、カウンセリングに関する興味も急速にうすれてきた。そんなに勉強したいことじゃなかったなと淡々と思っている。じゃあピアノはどうかというと、これも浮ついた熱意みたいなものは消失した。それよりももっと地に足がついた深めの部分で、じっくりあせらず取り組んでみたいなという感じだ。

少しばかり現実から遊離したみたいな感覚におおわれているが、あ、なんかこっちのほうが「本来の自分」に近いなあと思う。たぶんそう。

では、どうして以前はあんなにジタバタガチャガチャやっていたんだろうか? それは「だれかに認めてもらいたかった」からだ。「だれか」の大元は「親」になるけどね。

「ちゃんと仕事ができるヒト」と思われたくて、仕事が覚えられない、まちがえるって大騒ぎしてたなあ。そんなの、どうだってかまわないのに。興味のない仕事とわかってやってるんだからつまらなくて当たり前だし。クビになったらなったでまた探したらいいだけだし。



ピアノはゆっくり育てたい。

▼シュルレアリスムの画家、レメディオス・バロが好きで、とくに「星粥」という作品がいい。
カゴのなかに入っているのは月の赤ちゃん。塔の女性が、ふしぎな機械で星を砕きお粥にしてお月さまに与えている。

ピアノをこんなふうに育ててみたい。なんとなくずっと三日月のまんまな気がするけど。

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