なぜ私たちの親は子どもの名まえを呼ばなかったのか?

「名まえ」というのは、かなり重要だ。とくに「自分の名まえ」ね。

私の名まえは、父の名まえから一文字もらって「〇子」と名付けられた。そんなのはよくあることかね。ちなみにその一文字は、父の兄弟ぜんぶにも共通している文字である。いまよく考えてみると、父実家由来の名まえということになる。

ちなみに「春子」というハンドルネームも、わりと父由来である。父は「子どもが4月か5月生まれになるように、綿密に計画・実行」したそうだ。春に生まれたら、あたたかくなる時期だから赤ん坊がカゼをひきにくい。さらに、幼稚園や小学校で、体格や発育上で有利だろうとも計算していたらしい。

父のミッションは、まるではやぶさ計画のごとく2回とも成功した。私は4月生まれで妹は5月生まれである。そんな父の偉業にちなんで、ハンドルネームは「春子」にした。というわけで、以下本名も「春子」という設定にして話を進める。


カウンセラー養成講座「ビリーフリセット・リーダーズ講座」では、受講生も指導カウンセラーも全員「子どものころに呼ばれていた名まえ」で呼び合うことになっている。さいしょはびっくりしたけど、なかなかね、「自分の原点」に立ち戻るためにはとてもいいことだ。

私は「はるちゃん」にした。なぜかずっと自分の名まえに違和感があった。けれども、みんなから「はるちゃん」と呼んでもらうと、ちっちゃい子どもに戻れたようで呼ばれるたびにうれしかった。

ところが、講座中に私に異変が起こった。それは「名まえ呼び実験」をやっていたときである。グループで行なったワークなのだが、目を閉じてマインドフルネス(瞑想)になった状態で、グループのみんなから「自分の名まえ」を呼んでもらって、なにを感じるか?を気づく実験である。

ひとりずつやったのち、私は最後の順番だった。しかし、そのまえから内心困ったなあと思っていた。これは、本当に正確に「親から呼ばれていた名まえ」をみんなに言ってもらう。そうでないと意味がない。


もろもろの大元である「親」から受けた「なにか」を、潜在意識にしまい込んでいる。その潜在意識にアクセスするために、このようなワークを行なうわけで、だからこそ「親からどういう名まえで呼んでもらっていたか?」が重要なのだ。

けれども、私は親から名まえを呼んでもらったことがない。母からはたいてい「あんた」と呼ばれていた。ずっとそうだった。父にいたってはただの一度も呼ばれたことすらない。無口なヒトだったから小さいころはまず話すことがなかった。

これは、妹も同じだろう。ねえ? T子ちゃん、私たち、親から名まえを呼ばれたことって、一度もないよねえ?

なので、みんなから「なんて呼んだらいいの?」と尋ねられたとき、「じつは呼ばれたことなくて。たいがい『あんた』でした。母はとても見栄を張るヒトで、人前では私のことをウラ声で『春子ちゃん』と、いかにも『やさしいお母さん風』に取りつくろって呼ぶんですが、それ、ものすごくイヤでした」と憮然としながら答えた。


じっさい母はウチで殴る蹴るが当たり前のヒトだったので、ヨソのヒトの前で「春子ちゃん」などと猫なで声で言われるとけったくそ悪くてしゃーない。ってなことも思い出した。

ワークではしかたがないので、みんなに「あんた」とか「春子ちゃん」「はるちゃん」などと呼びかけてもらった。私は、瞑想状態に入ったときはややオレンジ色の光が見えて気もちよかったのに、みんなから「名まえ呼び」がはじまると、とたんに真っ黒になってしまった。

だって、だれも「春子」って呼んでくれなかったもん。

瞑想からゆっくり戻ってきて、ひと息ついたあとに浮かんだ思いは、ああそうか、本当は親に名まえを呼んでもらいたかったんだなあってことだ。だから、自分の名まえに違和感を覚えていたんだ。「だれも呼んでくれなかった」という寂しさがまとわりついているから、名まえそのものが地雷になっていたのだ。


どうして母ちゃんは子どもの名まえを呼ばなかったのか?

じつは、その答えはかなりはっきりしている。母はね、「だれでもよかった」のだ。べつに「子どもひとりひとりの区別」なんて必要なかった。彼女は「自分の役に立つのか、そうでないのか」しか関心がなかったのだ。

で、結果的に子どもがふたりとも「母の役に立たなかった、だれひとり思うように動いてくれなかった」ので、トシを取ってからは「どいつもこいつもできそこないばかりで! なんのために産んだのかわからん!」と絶叫して、私を杖で叩いたりモノを投げたり、少なくとも数年前までは元気に暴れていた。

もうずいぶんむかしだが、母にこう訊いたことがある。
「もし、もうひとり子どもがいたら、その子に期待する?」
母は真剣に「するね。こんどこそうまくいくかもしれないと思って育てるよ」と言った。

「うまくいく」というのはこういうことだ。つねに母の望みどおり寸分たがわず行動し、いつも笑顔で母をホメたたえ、母の望む学校に進学し、母の望む会社に就職し、母の望む配偶者と結婚し、毎月大金を母に渡し、母の老後はすべて面倒を見るってことなのだ。


まあ、いまでは母がそうなってしまった理由がよくわかるから、そりゃしかたないなあと思う。あのヒトは生い立ちが不幸(6才のとき実母が家出、継母1号が母を虐待のち病死、継母2号母に無関心のち自殺)だったから、「お母さん」が欲しかったんだよ。

せめてだれかに「本当のお母さん」のように、母のわがままをきいて欲しかったんだよね。

しかし、こういった「母ちゃん問題」は最終的に自分で解決しないとどうにもならない。具体的には「自分が自分に向き合って、自分がなにに傷ついたのかを探し出し、そして自分が自分をわかってあげてなぐさめる」ということだ。

この一連の作業をほんまにひとりでやるのはむずかしいから、カウンセリングが有効なのだ。そして、母自身が長年かかえている「母ちゃん問題」も母が自分で向き合わないとなくならないので、私は放置でかまわない。

けれども、母はそんな境遇であったというのに、それなりに一所懸命子どもを育ててくれたと思うよ。いろいろあったけど、私はいましあわせだからね。ということは、母が私にしてくれたことはぜんぶいまのしあわせの礎になっているんだよ。それは感謝しているよ。

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