「下流老人」というコトバをご存じでない方々が教えてくれたこと

私は、自分のことをりっぱな「下流老人」だと思っていた。あ、でも下流老人の定義をちゃんと調べとこ。

下流老人とは「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」のことである。――ウィキペディア

あれっ?! 意外とむずかしいな。
まず「生活保護基準相当」ってどのぐらい? これがさあ、住んでる場所とかなんじゃかんじゃ算定がむずかしくてあきらめた。でも以前ハローワークでそういうのを訊いたら、私の収入はだいたい生活保護付近をウロウロしている程度らしい。たぶんふつうの貧乏人だと思う。

つぎに「高齢者」とはなんぞや?

高齢の線引きは曖昧且つ主観的な部分があるが、国際連合の世界保健機関の定義では、65歳以上の人のことを高齢者としており、また、定年退職者もしくは老齢年金給付対象以上の人を言うことも考えられる。

高年齢者 – 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(略称:高年齢者雇用安定法)における「高年齢者」とは、55歳以上の者を言う。
――ウィキペディア

ほんまようわからんわ。またハロワになるけど、そうそう、私は「高年齢者コーナー」に案内されたから、ホレ見ろ、私は高齢者だぞ!と堂々としていたけど、まあ世間一般ではなんとなく「65歳以上」みたいだね。ちっ!


さて今年3月、カウンセラー養成講座第1講のとき、まずはめいめい自己紹介をした。

自己紹介って悩んだわ。なんかとりあえず履歴書の内容をしゃべるのがいっちゃんわかりやすいと思うんだけど、高校卒業後事務の仕事をしばらくやって、そのあとはパートを転々としている。それから家族構成を話すべきかな? これはひとり暮らしがずっとだ。

なんか自分でも「ショボっ!」って思ったけど、まあその「ショボいかどうか?」って結局のところ「世間が基準」なのかもしれない。

それも「私が」思い込んでいる「世間」だよね。それはね、昭和37年生まれの私としては、やっぱりまず結婚しているのがふつうかな? そして子供がいるよね。旦那さんもいて、奥さんという立場でパートに行ったとしてもそれはお小遣い程度かな?


って書いてみたけど、けっこう古めかしいのう。いまはそんな世の中じゃないよね。かなり以前にネットで「主婦ニート」ということばを見かけて仰天したけど、いまは結婚した女性でも働くのが当たり前になっている。

ただ、依然として私の「世間」は昭和三十年代に縛られていて、ふつうの女性はお嫁さんになるか、それともバリバリ働く職業婦人であるかの二択しかなかった。

お嫁さんでも職業婦人でもない私は、自己紹介になると困るのである。もうじき還暦なのに、いったいなにをボヤボヤしていたのか? しかたがないので、講座の自己紹介で「ええと、ひとことでいうと『下流老人』なんです」と言ったら、そのグループのヒトたちみんなに「下流老人ってなに?」って返されて唖然とした。

へええ、下流老人を知らないヒトがこんなにいるんだねえとものすごく驚いた。たぶん「生まれや育ち」がちがうんだろう。


私の父方も母方も貧乏で「下流」そのものだった。父方のばあちゃんなんか「父なし子」で養子に出されており、じいちゃんも貧乏生まれでこれまた養子に放り出されて、小学校卒業後から工場で働いていた。

でも私は、そんなじいちゃんばあちゃんの苦労がちょっと誇りだ。自分は雑草で下流の末裔で、けどがんばるねんって思っていた。

しかし、心の学びの場で「本来の自分」を探求するにあたっては、貧乏も金持ちも関係ない。年齢や性別も無関係。もしそういったものが「気になる」というのであれば、じゃあ、どうしてそれが気になるのでしょう?そこにアナタのビリーフ(思い込み)があるよね?となる。

だから、「下流老人っス!」という旗を振りたい私は、「なぜ『下流』が引っかかるの? どうしてもう『老人』って言いたいの?」と、そこらへんを掘ってみなはれって言われるのさ。


ほんまに「下流」でええの?
ほんまに「老人」でええの?
ほんまにそう? 自分にウソついてない?

う……、自己探求ってエグいのう。
よくよく考えてみたら「下流老人」に針が振り切れているのは不自然だった。

そうではなくて、下流でもなく上流でもなく、老いも若きもなく、ただソコに「私がいる」という状態になりたかったのだ。

もう父ちゃん母ちゃんも世間なんてのも関係なく、ただひとり「いる」になったら、どうなるか?
それを知りたいのだよ。

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