ことごとくウマくいかないパート、でもその疲れをすぐに取る「手段」があるから

私にとって長年ずっと問題なのは、仕事だ。いっちゃんはじめの仕事は高校3年のバイトだが、それ以来なにかウマくいった試しがない。え?もう40年も悩んでいるのか? 長いのう。

働いている時間というのは一日の大半を占めるモノだから、ああもったいなかったなあと残念だ。じゃあ、どんな仕事だったら満足なのか?とよく考えるが、それもとくにない。

そして自分のホンネに忠実になってみれば、私はじつのところ、まったく働きたくないのだ。いまこの瞬間でも、パートに行かないで済んだらどれほど幸福だろうと切望してしまう。

どうも「この世のシステム」になじめない。「働いてお金を稼がないと生きていけない」というシステムにずっと違和感がある。

たいていのヒトは、そのシステムにある程度順応して人生を送っているけどね。どうしてごく自然にそんなふうに働けるのだろうか? きっと「社会の一員として労働を提供する」ということに疑問を持たずに済むヒトたちなんだろね。


おまえ、なんでそないに働く気ィないんや?って言われたら、う~ん、働くよりほかに楽しすぎることがあるからかねえ。

私がいっちゃん楽しいことは、やっぱり山とか自然だ。もしいま数億円ゼニがあったとしたら、ヤバいな、また車中泊放浪行きそうやな。何億あっても車中泊好き。たまにホテル。

え?おまえ、ピアノどーすんの?

いやだって、寿命はわからんでしょ? もしかするとあと1年で終了かもしれんでしょ? 山かピアノかどっちか一択だったら、しゃーない、山じゃん? だって天気さえよければ100%しあわせになれるんだから。

ピアノのヤラしいとこは、「うまく弾けない」とこでさあ、それに「聴き手」が必要だったり、あーだこーだで「100%」はぜったい保証されないんだよ。

そんなんもぜんぶコミコミで、「いやピアノでしか、しあわせになられへん」ってヒトもおるやろうけど、私はすでに「山」ならば「どピーカン、至福のよろこび、絶対保証」を経験済みだから、そう、ピアノはたぶんずっと「2番目」なのである。


じゃあ、いまどうして低山にも登らずピアノを弾いているかというと、なんかいま現実に生きているシチュエーションで、「仕事の苦痛」をマシにしてくれるのが「ピアノ」なんだよね。

ごく単純な理由として、「ウチの中にあってすぐ弾ける」ってのもある。それから「雨でも曇りでも弾ける。天気と上達は無関係」ってのも大きい。

まあ、天気も仕事も無関係で登ってる連中もぎょーさんおるけどね。金剛山なんか、仕事まえに往復するヒトようけおるよ。日の出前にヘッドランプで登って降りてきて、それから出勤する。もちろん雨でも雪でも登るし、どうかしたら台風でも登りよる。

なので、金剛山は登山回数が数千回、1万回とかイきよるねん。山頂に掲示板あるから。回数多い順にずらーっと名まえのプレートが並べてある。山頂でハンコを押して貰えるシステムだ。こういうシステムにはすんなりなじめるんだが。


で、なんだっけ?
そうそう、ピアノは山よりうんとお手軽に毎日楽しめるわけ。スキマ時間でじゅうぶんイケる。右手で歯みがきしながら、左手の練習できる。

そもそも、一生「山ヤ」で終わるはずだったのに、音楽がちらちら気になって、1年5ヵ月前にピアノを再開した。「どうも山だけじゃ、なんかちがうなあ」って思いはじめたのがきっかけ。じっさいこうやって再開してみたら、それは「当たり」だった。私の一生において、「ピアノを弾く」という要素も必要不可欠だったと得心した。

仕事の疲れを手軽に除去するには、ピアノがつい便利で、「どうにもウマくいかないパート+ピアノ練習」という組み合わせが絶妙でやめられない。

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