周りのヒト全員に迷惑まきちらしているのに、私がいまのパートを辞めない理由|その2

いまのパート先をやめるつもりはない。まったくない。その理由の筆頭に挙げられるのは、なによりも「非常に困っている」のは周りのヒトたちであって、私本人ではないことだ。

周りの先輩パートさんや社員さん、そして店長さんは、私がしでかしたミスのために駆けずり回ってものすごくたいへんだが、もうそんな後始末は私にできることがなにもなくて全部おまかせだ。

そりゃまあ、私もまちがえずにふつうのヒトのように仕事ができたらいいなあと妄想することはあるが、そうはいってもね、そんな「ふつうのヒト」みたいに「ふつうにまちがえずに仕事する」なんて、もうとっくの昔にあきらめたんだよね。

きっとなにか理由があって、私は「記憶力を低下させた」のだ。はい、心理学では「自分が被害者」にならないために、主語を「私」にするんだよ。被害者になっちまうと、言い訳ばっかしするでしょ? そうではなく、起きている事柄はすべて「私が望んで起こしたこと」と考えることによって主体性を持てるからね。


それでいくと、「覚えていないこと」は、私にとって本当は必要ではないことなのだ。逆に「覚えていること」は、私にとって重要なものなのだ。そういう選別のために「物忘れ」が生じているのかもしれない。

などと本人は涼しい顔しているが、職場のヒトたちは、私が毎日まちがえつづけても怒ったりはしない。ときどきあきれたような様子を見せたりはするが、そんな程度である。

つまりいまのパート先は、とってもいいヒトばかりなんだよね。だから私は困らないでいられるんだよね。こんなにいいヒトばかりがそろっている貴重な職場だから、クビになるまでは居座っておこうと決め込んでいる。

ほかにも良いことがたくさんある。まずは、手を使う仕事がほとんどない。少しばかり手作業があっても長い時間ではないから、手が痛くて難儀することもない。エンピツ書きする書類も1日せいぜい100文字ぐらい。パソコン入力もほんのちょこちょこ。

だから、仕事のせいで手が痛くなることはまったくなくて、私にとっては理想的な職場だ。


そして仕事中の半分ぐらいは腰かけていられる。残りの半分は店内を行ったり来たりする。けれども小さい店だからこれもたいしたことない。お客さん相手の職場だからエアコンがたいそうよく効いてしごく快適だ。

そうそう、当たり前みたいに思っていたけれども、シフトの希望もほぼ100%通してくれる。なので、毎週火曜日のピアノレッスンもカウンセラー養成講座もちっとも困らずに通うことができる。

まさに言うことなしである。周りのヒトたちは全員、私「に」言いたいことがきっと山ほどあると思うけど、私自身はなにひとつ文句ないよ。

ただ、このパートをそうかんたんには辞めないぞ、どっしり居ついてやるぞとエラく意気込んでいるのは、またべつの理由があるのだ。ここを辞めない理由は、これまで挙げたようなぱっと思いつくメリットだけではない。


じつはこのパートに応募するまえに、ハローワークの担当者のヒトに「呪文」を唱えられたのである。(ハローワークにもプロフェッショナルが存在した|「長く勤められる会社」の選びかた)

その呪文とは、「長く勤めようと思ったら、近いのがいちばんですよ」である。

呪文を授けてくれたハロワのヒトはかなり年配の男性で、どうやらひとめ私を見ただけで、ああ、こいつはすぐにケツ割りよるなと見抜いたようである。

たしかにそのとおり、私は同じパートが半年ぐらいしかつづかない。去年だけでも3回変わってるね。どこのパートに就職しても、さいしょのうちは、よし今度は定年になるまで勤めるぞと鼻の穴をふくらませるのに、どうかすると一週間ぐらいで辞めたくなる。


そんな自分にとって、どこかひとつのパートを長くつづけるためには、そうだな、ただガマンするとか努力するとかそういう「根性を入れる系」しか思いつかなかった。

そしたらハロワのベテランさんが「長く勤めようと思ったら、近いのがいちばんですよ」と、突拍子もない奥の手を見せてくれたので、ほんま仰天した。

なるほどね、そういうことか。べつに興味があるとか向き不向きとか、そんなのは関係ないんだね。根性もいらないんだ。ひたすら近ければいいんだね。

そのハロワベテランさんは、そう、まるでベテランカウンセラーのようだった。こういうヤツにはこういう職場がいいと鋭い勘が働く。なのでおそらくこのベテランさんは、求職者ひとりひとりにちがうアドバイスをしているはずだ。


そして私に下ったご神託は、「近いのがいちばん」だった。それで私はいまのパート先を決めた。歩いて10分ならば上等じゃんと思ってよろこんで応募して、そしたら面接のときにすぐ採用を決めてくれた。

たぶん私は、そのハロワのベテランさんをすっごく信用したんだなあ。だって、私の本質を即見抜いてくれたから。そうだよ、お見立てのとおり、私はことごとくつづかないんだよ。

ベテランさんは「近かったら、つづけられるはず」と言ってくれたにひとしい。私はその魔法にかかってしまったんだよ。

近いから、つづけられる。
近いから、らくちんだ。
近いから、物忘れがひどくてもいい。
近いから、どんなにまちがえてもいい。
近いから、すべてだいじょうぶ。

なんか「近いから」という理由が万能すぎて、なにが起こっても「辞める」という発想が湧かない。いままではコロコロ職場を変わってきたけど、ここだけは「とびきり近い」から、あのベテランさんを信じきって、よし、こんどこそだいじょうぶと落ち着いている。


けれども、もしかするといま、「信じるんじゃなかった」と後悔しているかもしれない人物がひとりいる。それは、いまの勤め先のエラいさんだ。私を面接したとき、うっかり信用して採用してしまったのだ。まさかここまで仕事がでけへんババアやとは思わんかったんや。

せっかく信じてくれたのにすみません。期待に添えなくてごめんなさい。

じゃあ、もうちょっとなんとかしてみようかな?
「努力」じゃなくて「工夫」ね。

その「工夫」のまえに「観察」かな?
私の記憶にとどまらないモノは、どういう性質の情報なのか? だいたい「忘れるモノ」を観察すること自体がむずかしいが、注意されることをメモして、共通点を探すのもいいかもしれない。

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