からだの声を聴いて「感情」に気づく|堀江さなえさんの個人セッション その4

「カウンセラーは鏡だ」とよく言われるが、さえさん(堀江さなえさん)が鏡になってくれると、自分のヤバいところがやたら見えてきた。

そのなかでもいっちゃんヤバいのは「ゴマかしてるよね」ってこと。自分で自分をゴマかしている。とりつくろっている。ホンネをぜったい見ないようにしている。そのホンネって「見ないようにしている」から、いまもまだ見えない。

そして、さえさんにエンプティチェアのワークを長時間やってもらい、そのあとしばらくしてハタと気がついた。

「4才の私」と「33才の母」とのイスに交互に座って話していたのだが、それってぜんぶ「いまの私」なんだよね。イスにはだれでも座らせられる。亡父でもいい。妹でもいい。パート先の先輩さんでもいいし、お客さんでもいい。


けれども、そのだれもが「私」なんだ。私自身の分身。私が作り上げた幻影。

私はなんでそんな「幻」を自分のなかに住まわせて、何十年も自分を縛りつけているんだろう? 私がでっち上げた「母ちゃん」となぜ延々とバトルを繰り返しているんだろう?

それは……メリットがあるからだ。そうやって井戸の底でごちゃごちゃやっている限り、井戸の外に出ないですむからだ。「子ども」というポジションで甘えていられるからだ。

でもなあ、そろそろ大人になりたい。永遠に4才ってもうイヤだ。1年ずつ成長して、ピアノをやめた13才も乗り越えてみたい。18才とか20才も経験してみたい。他人と「対等」という関係も味わってみたい。


そのためにはどうしたらいいのだろうか?

さえさんはいくつかの方法を教えてくれた。
まずは「『感情』から距離を取る」ということ。具体的には「いま自分がなにを感じているのか、それを『言語化』すること」。

はい。そういうことは、もちろん「ビリーフリセット・リーダーズ講座」で学んできているのに、まあできていないよね。しかし、井戸の外に出るためにはやらなくてはね。

そもそも「感情」とはなにか?も興味深い。さえさんは「『感情』は皮膚感覚とも言われるし、筋肉に溜まるとも言われます」と教えてくださった。お話をうかがっていると「身体感覚」を磨くことが大切だなあと思えてくる。


なんとなくね、これまでからだを軽く見ていたと気づかされた。「肉体<精神」とか当たり前になってた。そのツケが回ってきていま右往左往しているのか。

さて、母ちゃんと長年癒着していた、いやいまもまだ癒着はつづいているか、そんな私は他人にもすぐべったりと癒着してしまう。「癒着」という距離しか知らないので、スキあらば引っつきたくなるのだ。

なので、さえさんとも別れがたくセッション時間を過ぎてもいつまでもずーっといっしょに居たくなってしまった。

そんな私を、さえさんはゆっくりとていねいに剥がしてくれて、セッションルームからあたたかく送り出してくれた。そういう「さえさん」が、あらたに私のなかに宿ったのだが、さえさんにはもう「親」を投影したくなかった。「対等」のお手本にしたかった。

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