先輩Fさんが酔っぱらいながらも、いや酔っているからこそ、そのホンネとして「あたしはやっぱりダンナが大事」と長年連れ添ったご主人のことをうれしそうに話していた。
ああそうなんだ、じゃあもしFさんが「自分史」を作るんだったら、ダンナさんについていっちゃん大きく取り上げることになるんだなあと思った。ほんと、そのひと自身が話していることが「そのまますべて」なんだよね。
Fさんの話をずーっと傾聴していて、あ、もしかしてダンナさんがキーワードかな?と感じていたが、そのうち「なれそめ」が出てきて、最後は「ダンナが大事」に帰着した。そういえば、行きのクルマのなかでは仕事の話も出ていたが、飲んだあとの話はぜんぶダンナさんがらみだった。へえ、なるほどねえ。
と私は感慨深かったのだが、ここから事態は急変する。
Fさん「春子ちゃん、そこの信号、右曲がって」
私「いや、ナビが左言うてるから左ですよ」
Fさん「あかんあかん、駐車場はそこ右行くねん! 春子ちゃん、あかん、右やっ!」
Fさんは大きな声で言っていたが、私は無視して左折した。
じつは、このあたりの道は少し知っているのだ。てか、そもそもFさんが住んでいる市は、私が去年まで住んでいた市なのである。Fさん、いつ会ってもひとりでずっとしゃべりっぱなしだから、私自身がもとは同じ市にいたことすら話したことがなかった。
いま気がついたのだが、そう、私はそんなことも根に持っていたんだね。いつも自分ばかりしゃべっているFさんをじつは恨んでいたのだ! へへん! 私はここいらまあ知ってるのさ。Fさんの住んでいる住宅街もまえに走ったことあるんだよ。
だからその復讐がてらに、私は悠々と左にハンドルを切った。ナビが指し示すとおりに、私はいやおうなしにFさんの自宅へ向かうつもりだった。
これはなんの迷いもなかった。なぜなら「なにが起こるかわからない」という確信を持っていたからだ。それは、本当に堅く信じている。これまで私の身の上には「たまたま偶然いいこと」がよく降ってきた。しかし自損事故を5回も起こしている。クルマが好きで大切にしたいにもかかわらず、何度もぶつけていた。
なので、いまFさんが運転したらほんとに「なにが起こるかわからない」。Fさんが100%安全運転していたとしても、もしミョーなクルマが勝手にぶつかってきたら? 自転車がふらついて倒れ込んできたら? そしてFさんが飲んでいたことが白日のもとにさらされたら?!
しかし、私は法律を守りたいわけでもなかった。かりにもし重大な事故を起こしたとしても、その事故がそのひとにとって「最悪」であるかどうか、それはほんとのところだれにもわからない。案外めぐりめぐって「あの事故を起こしたからこそ、得られたモノ」がのちにあるかもしれない。
被害者にとってもその事故が不幸なのかどうかもわからない。そういう議論は妹とよくやっていて、いつも平行線になるんだけどね。妹にとって、たとえば「重い障害」というのはぜったいにあってはならないことらしい。しかし私は「その出来事の幸不幸なんて、人間には判断できない」とつねに思っているんだよ。
Fさんは「春子ちゃん、あかんてっ! あたし自分でようわかるから今日はだいじょうぶやっ! ダメやったらほんまに頼む。けど、ほんまもういけるねんっ! 駐車場行ってっ!」と叫んだ。
そう聞いたとき、一瞬「そういえば私には、酔いの覚め具合なんて判断できんよな?」という思いはチラッとよぎった。けれども、駐車場へ向かう気はさらさらなかった。Fさんが騒げば騒ぐほど反抗心を掻き立てられて、意地でもFさん宅へ行ってやろうと薄ら笑いを浮かべたくなった。
「春子ちゃん、ほんまやめてっ! あたし怒られるからっ! クルマ置いて帰ったらあかんねんっ! 怒られるねんっ!」
これは意外なことばだった。私は、Fさんが自分のクルマで帰りたがる理由は、単純に、次の日にまたバスに乗ってクルマを取りに行くのがめんどうなのかと思っていたからだ。
「Fさん、どうして怒られるんですか?」と私は、しゃあしゃあとナビ通りに運転しながら質問した。
「そら怒られるよ。だれかにウチまで送ってもらわんとあかんほど飲んだ言うて叱られるわ」
「へええ、そんなことで怒るんですか?」
「そうやよっ! もうわかってんねん、頼むから春子ちゃん戻ってっ!」
私は「それは『ぜったいに』そうなんですか?」と尋ねた。
Fさん「ぜったいやよっ! ぜったいぜったいっ! もうずっとそういうひとやねんから、あかん、春子ちゃん、あたしが何十年も守ってきたもん壊さんといてっ!」
へ? なにそれ? そのぐらいで壊れるもんってなに? にわかに私のなかでメラメラと炎が上がった。
「へええーっ、そんなにすぐ壊れるんですか? ほんとですか? じゃあほんとに壊れるかどうか実験してみましょう」
そのとき私の心臓はド、ド、ド、ド、と激しく鼓動を打っていた。あ、覚えがあるこの感覚。そうだ、母ちゃんに叱られているときとおんなじや。そう、だからいま私が感じている感情は「恐怖」だった。怖い。やめたい。逃げたい。しかし、私はその怖れを上回る「戦闘モード」に突入していた。
ここでやめるわけにいかない。なにがなんでも突破しないといけない。粉みじんに叩き潰さねばならない。私は不敵な高揚感につつまれながら、アクセルを踏みつづけた。