私が「いちばん欲しいもの」を教えてもらいました|パートの先輩と大ゲンカ その9(最終回)

ナビの履歴からふたたびFさん宅を呼び出してセットし、回れ右して走り出す。ほとんどクルマが通らない夜の道は、それでなくても気もちがたかぶるのに、Fさんのスマホをわざわざ届けることで、ほれ、Fさんの借りは返せるぜ、いや、そういうのをマウンティングっちゅーからやめれ、いや、それを責めるのはビリーフか?などとさまざまな思いが交錯する。

ついさっき通った道をナビで行くのだから、ふつうはすんなりたどり着けるのが当たり前だろうに、そうならないのが私だ。

Fさんが「こっちのほうがわかりやすい」と言っていた交差点で曲がったら、なぜかグルグルひとまわりして、またその交差点にもどってきた。ナビのねーちゃんを信じればいいだけなのに、ねーちゃんにすらすなおになれない私。

あらためてねーちゃんまかせに進んだら、見覚えのある急坂急カーブをぐんぐん上がって、こんどはすーっとFさん自宅前に到着できた。このあたりは「閑静な住宅街」そのものだ。いまから40年ほどまえに大規模開発されたニュータウン群のなかでも、この地は「格が上」で有名だった。


さっきはあまりよく見ていなかったが、Fさん宅もほどほど大きな二階建て住宅で、りっぱな門扉や生垣、ゆったり二台は停められる駐車場などに気がついた。ほかのパートさんから「Fさんはそんなに働かなくていい身分なんよ」と聞いたことがあり、きっともう住宅ローンも返し終わっているのだろう、そしてこんなにりっぱな家に住んでいられるなんて安泰だな。

少し緊張してインターホンを鳴らすと、奥の大きな扉が開き、Fさんが満面の笑みを浮かべてあらわれた。

「春子ちゃん、ごめんなあ、助かったわ、おおきに」
「いやいや、かまいませんよ」

そして、まあだいじょうぶなはずだと思いながらも、私はこっそりこう尋ねた。「ダンナさん、どうでしたか?」
Fさんはいっそう顔をくしゃくしゃにして「ぜんぜん、だいじょうぶやったわ」とうれしそうに答えた。


ほれ見ろ。なにが「崩壊する」やねん?

まあ私は知らん顔してたけど、Fさんは小さい紙袋を差し出して「これな、食べてや。ウチとこいつもお菓子ぎょーさんあんねん」と言う。せっかくだからいただいておいた。

またもう一度、ぶんぶん手を振り回して見送ってくれるFさんをあとにして、私はクルマを出した。

ほらね、だいじょうぶやろ? きっとさっきFさんがウチに帰って、あの甘ったれた口調で「今日はな、春子ちゃんが送ってくれてん。そんな飲んでへんで。でもな、送ってくれる言うからクルマ置いて来てん」って言ったら、ダンナさんは「そうか」しか言わんかったはずや。


そんでも、その前はエラい剣幕やった。Fさんは「ダンナにぜったい怒られるからやめて!」言うてカンカンやった。ダンナさんの機嫌をそこねたくないから、飲んでても自分のクルマで帰ると言い張っていた。

「あかん、春子ちゃん、あたしが何十年も守ってきたもん壊さんといてっ!」

そう大声で叫んでいたFさんを思い出した。

そうだ。それを聞いたとき、私のなかに炎が上がったんだ。なにそれ? そのぐらいで壊れるもんってなに? あんた、さっきダンナとのなれそめのハナシして「あたしはやっぱりダンナが大事」言うてたやん? ふん、それがなんやの? 飲みすぎぐらいで壊れるもんなん? ほんなら私が壊してみたるわ!


そうだ、そこから私は暴走したんだ。Fさんをいじめることをやめられなくなったのだ。なんなら轢き殺そうかとまで思ったのだ。

………………ああ、わかったよ。

あまりに急激に自分のホンネがわかって、その住宅街のはしっこに私はクルマを停めてしばし呆然とした。

ああ、わかった。
私は、Fさんをうらやましかったんだ。
そうだよ、Fさんに嫉妬していたんだ。
そんなに何十年も愛していられる伴侶を持っているFさんに対して、猛烈に嫉妬していたんだ。


それでわかった。

ああそうか、私はそんなにもパートナーが欲しいんだよねって。
要するに、男欲しいんだよねって。

あと5ヵ月で59才になるというのにね。
いまごろそんなミッション、どないしたらええねん?

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