どうして私は心理うんぬんの話ばかり書いてしまうのか?

このブログをはじめたばかりのころ、読みに来てくれるひとは2、3人だった。だれもいないよりうれしかったが、かなり少ない。むかしピアノブログをやっていたときは15人ほど毎日読んでもらっていたので、よし、10人以上読んでもらえるようにがんばろうと思った。

書きつづけていたら読者さんは増えるかと思ったのに、長いことぜんぜん増えなかった。10人の壁は厚かった。

いつまでたっても1日10人未満のブログで、たまにうっかり心理ネタなんか書いたら、読者さんがゼロになった。ほんま、ゼロになるんよ。妹も読んどらんやんけっ! しょーもないポイント稼ぎとかのほうがまだ読んでもらえる。

けれども私は、読むひとに人気のある記事とかうまく書けない。その日にたまたま思いついたことしかあかん。たまたまN本さんのセミナーとか行ったら、セミナーの中身を丸々ぜんぶブログに載せたりしていた。いまは非公開設定にしているよ。


そんなん載せても、心理関係はどうせだれも読まないから、自分の備忘録代わりにぱあぱあ書いていたのだ。

だが、ここ最近は心理のことをブログに書いてもわりとふつうに読んでもらえるみたいだ。このブログのアクセス数とかはぜんぜんわからない。なにをどう見たらいいのかさっぱりわからん。目安にしているのは、にほんブログ村の「INポイント」ぐらいで、それを見ているとべつに心理ネタでも激減とかはしていない。

時代が変わったのかのう。感慨深い。

さて、このブログへのメッセージをごくたまにいただく。お返事できなくて申し訳ございません。


そのたまのメッセージのなかで、こんなリクエストを頂戴したりする。

1.山のことだけ書いてください。
2.ピアノのことだけ書いてください。

1または2は、ごくまれにいただく。でも「心理学のことだけ書いてください」というご要望は皆無である。

だれからも頼まれていないのだが、いっちゃん量産しているのは「心理学っぽいあれこれ」だ。アタマがそういう状態だから、それしか書けない。それに、このブログのカテゴリ別の記事数を見てみると、やはり心理学がダントツに多いのだ。


なぜにどうして心理ネタをつい書いてしまうのか?

それはもうね、また恥ずかしいんだけど、やっぱり寂しいからなんだよね。根っこに抱えている寂しさが元凶だ。

親があーだったこーだったをめぐって、一生ジタバタやってるのが、まあきっとおもしろいんだとも言える。人間、結局好きなことしかやらないから、まあもうずっと子どもでいたくてコレやってるんだと思う。

山とピアノも好きなんだけど、ほらあ、某カウンセラーにYouTubeで「『ひと以外のもの』は、すべてあなたにとっての『なぐさみ』なんです。要は、あなたがなにかを失ったときの『なぐさみ』なんですよ」って言われて、私はがっくりきている。


ちなみに某カウンセラーとはN本さんのお師匠さんである。あのカウンセラーさんもすごいね。ほんとすごいひとばっかりで、だから心理学はやめられんのよ。

で、その「なぐさみ」なんて言われちゃったから、数百山がどうのこうのとよろこんでいるのは筋ちがいだと判明した。私はほんとうのところ「数百人とどうのこうのを望んでいる」のだと悟った。

それは、案外そのとおりかも知れんと思っている。

ほんとうはひととつながりたいのに、傷つくのを怖れて、山だのピアノだのに逃げているのだ。

だから、私はカウンセラーになってみようかなと思いなおした。


「ひとと関わる」というのは、ほんとは私がいちばん欲していることなのかもしれない。だって、現に寂しいのだから。

その某カウンセラーはこうも言っていた。「あなたが出会う『ひと』を『あなたのよろこび』にするのか、それとも『あなたを苦しめるもの』にするのか、それを決めるのはあなたなんです」

あ、そうなんだ。出会うひとはことごとく「私のよろこびである」と決めるだけでいいんだね。

じゃあ、はい、決めました。「出会うひと、もの、場所はすべてよろこび」と確定しておきます。
すべての源は「あの透明な美酒のような幸福」(詩人/尾崎喜八が山のお花畠をこう詠んだ)なのだと信じます。

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