私が超絶ヘタレだと、ずっとむかしに見抜いていたひと

やっぱり体調不良がコタえますな。

今日妹がラインをくれて、
「おねえは明日になったら何する?
というか、今日何時ごろ寝るんだろう?」と言う。

私「どうしてそういう質問をするのかな?」
妹「ワクワクしてるから。
無職生活ってどんなんなのかなって」

あ、そうか、楽しみにしてくれたんだね。
でもぉ、私はどうも気分が冴えなくて、妹にこう返した。


「なるほどー。私は、前にも無職の期間が長かったからね、だいたいわかる。
一日だらだらしているだけで、なんにも用事が片付かないんだよね。
『今日もなにもできなかった』とがっくりする毎日だよ。
ただでも、ひたすらラクだけどね」

ひと通りラインのやり取りが終わったあとで、そういえばめっちゃしんどいわと思い出した。めまいはずっとつづいているし、微熱が出たり引っ込んだりで、あまり食欲もない。たぶん、イヤなパートをむりやりつづけてかなりストレスになったんだと思う。

病院はまだ検査のとちゅうで、まあたいしたことないだろうけど、しんどさはぜんぜん取れない。

うう、また強制終了の一種かなと思ってげんなりする。ちょっと負荷がかかるだけで、すぐに身体の具合が悪くなるんだよね。


けれど、それが「等身大の自分」だよなあと感慨深くもあった。結局、人並みに働くということが、自分にはできないことだったとようやくあきらめがついた。

長年ずっと「がんばれば → ふつうのひとみたいに働けるはずだ」と思い込んできたが、いまは、やっと目が覚めた。「私は、どんなにがんばっても、ふつうのひとみたいに働けない」という真実に気がついたわっ!

そりゃそうだ。だいたい掃除機すらかけられないもんね。

旧居は、中古マンションを購入してフルリフォームして住んでいたというのに、掃除機をかけたのが2年に1回ほどで、6年住んでいながら3回ぐらいしか掃除できなかった。いやあ、いつかはちゃんと掃除しようと思ってたのよ。でも、できないんよね。掃除したほうがいいなあと思うものの、それをまったく実行できない。


私の人生、そういうのばっかりで、そういう結果ばかりを客観的にながめてみたら、うわっ、これは要するに「なんにもまともにデキない人間」だよねと判明した。「がんばれば → いつかきっとデキるようになるはず」と思っているばかりで、なにひとつ行動に移せない。

しかし、それでかまわないのだ。

掃除は2年に1回が、自分の限界なのだから、ああ、それが自分にぴったりのサイクルなんだなと納得すればいい。

だのにうっかり「せめて月1回掃除機」なんて、一生できそうもない理想をかかげるのがまちがいなんだ。そんなことすると、「毎月掃除機をかけられる自分」がホンモノで、「そうじゃない自分」はニセモノだ、いまは仮の姿だとか、結局「等身大の自分」を認めなくなってしまう。


ああ、やっとわかった。「2年に1回掃除機」が、ホンモノの私だよ。

それが「私の実力」だから、じゃあ、どこのパートでも使いモンにならなくて、それもホンモノだよ。その通りで合ってるよ。

というような「ホンモノの私」を、むかしちゃーんと見抜いていたひとがいた。

それは、母ちゃんだった。


母は「こいつはそうとうなヘタレや」とわかっていた。
「根性なしや。すぐにダメになる」と冷静に判断していた。

でも、私はそれに抵抗したんだよね。

いやいや、そうじゃない、私だってがんばればデキる!

ほら、がんばるから見てて! きっとデキるよ! ほら、がんばってるよ! もう少しでデキるはずだよ! ほら、ほら……

しかし、何十年たってもなにひとつデキるようにならなかった。


ああ……、やっぱり母ちゃんの言うとおりやった。

私は正真正銘のヘタレやった。

母ちゃん、やっぱりデキんかったわ、デキないのが私やったわ、ごめんな。

とうとう白旗を上げた私に、心のなかの母はこう言った。

「ええよ。春子はデキなくてええねん。それでええねん」

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