どこのパートも務まらなくて「ガックリ」している、その「ガックリ」の大元をたどると

起きる直前にめちゃくそイヤな夢を見とりましてな。

2ヵ月前にやめたパートの夢。あの職場でゴタゴタやってる夢。

目が覚めてからも最悪の気分で、起きるのもイヤになって、またフテ寝した。

もう起きてやらないぞとナゾの復讐心を燃やしてモンモンしていたが、そんなにイヤだったのかとちょっと感心した。

勤めていたときも、毎朝泣き叫びたいほどイヤだったけど、まあ、そこまでツラいモンはさっさとやめるべきだったなあ。


で、問題なのは、そのパートの制服をまだ返してねーんだよ。ほころびがあるからつくろわないといけない。それがもうメンドーでたまらず放っている。けど、気にしているからあんな夢みるんだよな。わかっちゃいるけど制服なんか知らんわ。

しばらくフテ寝したあと、ふとんのなかでスマホを見たら、昨日の記事「イヤなことをガマンしつづけた『なれの果て』」に対して、心理セラピスト/よーへい君がコメントをくれていた。

すごい。宗教の話になってくるんだ。
春子ママは春子に神様求めてたんだね。
ということは春子は、子育て教の御神体じゃん‼︎

日本は一見無宗教だから、宗教とかが扱うような存在とか心の渇きを、子育てで埋めようとしてしまう親は多いのかもね。
子育て教によって、小さな神様にされて、求められることを美化し過ぎて、現実に不適応起こしてる元子供はたくさんいそう。(…なんなら俺も。笑)



いやあ、これにはいろいろ考えさせられたね。

まずとっさに思ったのは、わ、ウチの母ちゃんだけじゃねーんだってこと。

私の母ちゃんの「不幸さ加減」はとてもわかりやすい。母には「3人のお母さん」がいて、実母→家出、継母1号→母を虐待のち早死に、継母2号→自殺なので、ホレ、絵に描いたように不幸せだろう? うりゃあ、この落とし前つけろや!と母ちゃんが暴れていても納得できるやん。

でも、じっさいにはいろんなお母さんがめいめい不安や悩みを抱えていて、それを子どもになんとかしてもらおうとするんだよね。

ウチの母だけじゃないとほんとに実感したのは、これがはじめてで、そっかー、これまで視野が狭すぎたなあとやっと気づいた。


それと、あのー、よーへい君のカウンセリングが秀逸なのは、私も受けてよく知っているし、よーへい君のブログ(note)「『何のために生きてるかわからない』の向こう側」を読んでも感じるんだけど、よーへい君と彼のお母さんは、ふたりともすごく一所懸命で誠実なんだよね。

そういうよーへい君が、「(子どもが)小さな神様にされて、求められることを美化し過ぎて」と言っているのを読んだら、なんかお母さんたちもそうするしかしょうがなかったんだなと思えた。

お母さん自身、過去につらいことがありすぎて、ずっと神様が欲しくて、でも結婚してみたらダンナは神様じゃない。

そこへたまたま出現した赤ん坊は、世話がめっちゃタイヘンなものの、どこか「小さな神様」に見える瞬間もある。そこにひゅーっと吸い込まれてしまったのかな。

で、「この子なら、私をしあわせにしてくれる!」と思い込んじゃったのかな。


その結果、「神様になれなくてガックリしている子ども」が出来上がるのかな。

そだね。

たしかに私は「ガックリしている子ども」だね。

いまもまだ「どこのパートも務まらなくてガックリしている」よ。

でも、その「ガックリ」って、もしかして「もうだれの神様にもならなくていいんだ」とわかるだけで解放されるのかな。

そうかもしれない。

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