パートを辞めたのが4月10日だ。
体調悪くなっちゃってさ、めまいとか微熱とか。
もうしんどいからパート行くのやんぴ!って開き直って、店長さんにラインで「辞めます」って送ったら、すぐに「了解しました」というお返事が来た。
それだけなんよね。いやあ、つくづく便利な世の中になったもんだと感心した。
ライン、ええわあ、最高やわ。でも、ラインはじめるとき、自分でできなくて、職業訓練の若いひとにやってもらったんだけどね。
てか、1行ずつのラインでおしまいになったのは、私があまりにも仕事できないからで、お店は辞めて欲しくてたまらなかっただけか。
だよね。
問題は、そのお店の制服を返しに行ってなかったことだ。
まず、ほころびがあって、それを縫うための針と糸を、汚部屋から発掘しないといけなかった。
なんとか掘り当てて、縫うのがおもくそめんどーだったが、糸のばして切って→ピアノ→針に糸通して→ピアノ→結び目作って→ピアノ→一針縫って→ピアノ……という具合に、なんか1個できたらごほうびにピアノあげますみたいに自分をおだてたら、繕うのも完成したわ。
さぁて、それから何週間後かにやっと洗濯して、しかしそのあと、お店に行く気がさっぱり起こらない。
なんかもう、ぜんぜん行きたくない。
行こうとちらっと思っても、身体が動かない。
ああ、そんなにもイヤだったんだな、あのパート。
てか、あそこだけじゃなくて、その前も、その前の前も、その前の前の前も、クビになったのも含めてぜんぶイヤだったと、ひさしぶりに「働くのが、泣き叫びたいほどイヤだった」のを思い出した。
とはいえ、制服が目に入るのもうっとうしいから、今日、一大決心して制服を返しに行った。
元職場が近づくにつれ、心臓がドコドコ打ちはじめた。動悸は徐々に激しくなり、ドドドドドドドドと連続する。
めっちゃ速いやん。この十六分音符、メトロノームでなんぼくらいやろ? こんなんよう弾かれへんわ、おまいはイヤがらせか?
しかし、こんなに緊張して心臓に圧迫感を覚えるのもひさしぶり。
もうね、「緊張→発表会→大惨事」という一連の記憶が、ちょうどゾンビのようによみがえってきたわ。
で、そのタカッてくるゾンビをシッシッと追い払いつつ、お店のドアを開けてなかに入った。
「あのう、お疲れ様です。遅くなってすいません。これお返しします」
店長さん「あ、どうですか? 具合は?」
「はあ、ボチボチです」
店長さんは制服を受け取ると、「はい、そしたらがんばってください」とすぐに引っ込んだ。
周りにいた社員さんやパートさんは、知らん顔して仕事していた。
私はあわててお店の外に出た。
まあ、自業自得なんだけどね。辞めてから2ヵ月半も放ってたからね。迷惑かけどおしだったしね。
そう、自分が悪いから当然のことなんだけど、でも、コタえたわ。
あーあ、人生最後の仕事が、こんな幕切れか。
高校3年のとき、イヤイヤバイトに行って、エラそうにこき使われて、それからずっとあちこち転々として、どこ行っても使いモンにならなくて、まあ終始一貫なにもできないまんまで、とうとう無職になり果てた。
ああ、結局私は「社会人」になれなかったな。
「大学生」にも、もちろん「音大生」にもなれなくて、さらに「社会人」にもなりそこなって。
え? なんだって?
そうそう心理の連中は言うんだよね。「何者にもならなくていい」って。
「あなたはそのままでいい」「存在しているだけでいい」とかウソぶくんだよね。るせえな。耳タコだわさ。
なかなか「はい、そうですか」っていかねえんだよ、うりゃあ。
たまには落ち込んでみてえわ。
でも、ええねん。
「社会人」になれへんかったけど、ホレ、「老人」にはまちがいなくなれるから。あ、もうなってるか。
そいで、さらにもっとりっぱなヤツにもなれる!
それは「年金受給者」だ。ぱああっ。
ああ、日本に生まれてよかったよ。こんなナマケモノに、来年から一生年金差し上げますって、だ、だいじょうぶかっ?! おい?!
そんな大金、いったいどこから湧いてくるんだろう?
あ、そっかー、いままさにちゃんと働いているひとたちの年金保険料や税金か。
う~ん、そっかー、私は来年から「みなさまに養ってもらって」生きていくんだね。
とってもふしぎな気もちだけど、それが事実なんだ。
そしたら、「みなさま」は、私にどんなふうになって欲しいのかな?って思った。
「すいません、役立たずで、早く死ねなくて」ってうなだれていて欲しい?
それとも「ありがとう、ラクチンでうれしいな」って笑っていて欲しい?
「みなさま」って、あそこにもここにも何百人何千人何万人もいるんだろうけど、そう、そのうちのだれかしらは「働くことが生きがい」なんだ。
そしたら、そんなひとたちは「うん、いいよ、楽しくてよかったね」って、きっと私に言ってくれそう。
だったら、笑っていていいんだね。