先生のお宅へうかがうときは、いまもまだ緊張する。
レッスン時刻の2分前には、ご自宅付近の脇道に隠れてひそみ、腕時計の秒針を凝視して、開始5秒前にあわてておうちに近寄り、インターホンのボタンを押下する。
いっつも「なるべく明るい声を出そう」と決意して、引きつった笑顔を浮かべながら、
「こんにちはぁ! 春子ですぅ!」と虚勢を張っているのだが、還暦前のババアがなにやってんだか。
じっさいにレッスンがはじまるまでは、レッスン室でひとりで、少しばかり指ならしをする。
いつも、ハノンのはじめのヤツ(1~20番のどれか)を弾いてみるのだが、今日はソレを1回弾いたあと、じゃあ、スケールもやってみようと、やにわに思いつく。
で、ふと「ソ♯」から4個鍵盤弾いて、
ちゃうわ、いまやってるの、たしか「ファ♯」からちゃいますか?!
って、ちゃんとハノンの楽譜めくったら、やっぱし「ファ♯」はじまりで、それで弾き直して、超ヤバい! いまのアホさ加減、先生に丸聞こえじゃん?!
いやあ、スケール+アルペジオ、毎日10回はさらっているのに、どこからはじまるか忘れてたよ、ババアだから。
▼ハノン19番 → 3回弾いて合格。
ハノンの「1~20番」は、いま3周目。
そして、この19番から、はじめて「全部」を弾くことになった。
それ以前は、「ほんとの半分」の長さ、つまり「1オクターブ分の往復」だったのだ。
それはたぶん、しょっちゅう指が痛くなる私に配慮して、半分にしてくださっていたんだろう。
やっと「フル」で弾けるようになってうれしかったが、まだ「親指」をうまく使えていなかった。
いつもそうだけど、先生のお手本を見ていると、なぜかソレもヒュッとできるようになる。
3回目は、ああ、そうだった、こうこう、こんな感じってパチッとハマッて、合格。
▼ハノン/嬰へ短調スケールとアルペジオ → やっと合格。
カデンツ、褒めていただいた。わぁい!
2週間前のレッスンで、カデンツの弾きかたをあらためて教えていただいて、その後毎日、習ったとおりりっぱに響く和音の練習をしていたが、やっぱりちがうんだなあ。
でも、スケールの上りが、どうも前のめりになっていた。
先生「運動場で白線を引くみたいに、同じようにまっすぐ均等に撒かれるかのように。イメージを持つのは大切ですよ」
▼ツェルニー40番の11番 → 3回目のレッスンで合格。
これ、おもくそ練習しましてな。
といっても、右手は最小限の力でごく軽く、あるかなきかの芯を突くような感じをめざした。
テンポもだいぶん上げられて、昨日ぐらいから「快速」(注:個人の感想です)ぐらいになってきた。
先生「とても軽かったですね。早いテンポで弾けるようになりましたね。
ただ、左手、もっと落下させるように、こんなふうに」
う~ん、ものすごく豊かに響くようになる!
「右も左も同じ動きにそろえると、縦の線もきれいになりますよ」
もういちど、そのように弾いて、傷ポロポロだったけど、合格にしていただけた。
で、つぎのツェルニーなのだが、先生はつぎの12番をご覧になって、「どうしましょうかねえ」とおっしゃる。
▼ツェルニー40番の12番
先生「手に負担がかかりすぎるかもしれませんね。
やってみて、たいへんでしたら、12番はやめて、つぎの13番にしましょう」
▼ツェルニー40番の13番
私は、いちおうしおらしく「はい」と答えたのだが、内心ほんまは、12番をやる気満々だった。
なんだけど、あとでエラいめに遭うたわ。
▼ベートーベン:ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調 → 3回目のレッスン。
まだねえ、3週間じゃねえ、これだけ長いソナタになると、弾くだけでせいいっぱいで、「たまたままぐれ」を期待して、かろうじて辻褄を合わせてます、みたいになっちゃう。
ええと、まず、左手の細かい休符が守れていなかったとご指摘をいただく。
▼再現部の直前「ff」のところ。
私は、ついうっかり、だんだん小さくして、しかもゆっくりめになっていた。
先生「ここは、ずっとffなんですよ。
ベートーベンは、そういうひとなんです。
そんなに、つぎは、ああでこうでと、示してくれないひとなんです」
ベートーベンは、そういうひとかぁ……
そのあと、先生が「ベートーベンが、200年分、音楽の歴史を進めてしてしまった」ことについて、たいへん興味深いお話を聞かせてくださった。
また、その時代時代にふさわしい表情の付けかたも、くわしく教えていただく。
▼バッハ:フランス組曲第4番アルマンド → 1回目のレッスン。
はじめの左手。
ねえ、まるで「教会の鐘」みたいで、きれいだねえ。
さいしょのところは「夕べの鐘」、後半のところは「朝の鐘」かな。
でも、さいしょの鐘をどう鳴らしたらいいのか、自分ではわからなくて。
そしたら、先生がこうおっしゃった。
「出だしは、もっと静かに。
『はじまりました』ではなくて、
『気がついたら、なにかはじまっていた』かのように」
ああ、そうなんだねえ……
遠くから聞こえてくるようなイメージなんだねえ。
またいっそう、しあわせな気分になっちゃった。
ウチに帰ってから、ツェルニー40番の12番を弾いてみた。
用心深く、ごくごく小さい音で、まるで太極拳のようにゆっくりと、最適ラインを探りつつ、片手ずつで弾いてみたのに、すぐに痛くなってしまった。
右手も左手も、小指の付け根が痛い。20分でおしまいにした。
じゃあ、やっぱり12番はやめよう。13番にしよう。
って、先生のおっしゃったとおりになってしまった。
自分では弾けるような気がしたけど、先生のご判断はまことに正しかった。
ああ、私がどんな曲なら手に負えるのか、
それは、私自身よりも、先生のほうが、はるかによくお分かりなんだねえ。
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