ピアノレッスン第100回 記録 |その「開かずのなんとか」は、もう開かれていたんだね

「まるで開けにくいチャックみたいに弾かないで」という文字と、ピアノ2台と両手のイラスト ピアノレッスン記録

わあ……、とうとう100回目なんだねえ。

でも、この春ぐらいから、急に弾きやすくなってきたのよ。
なんかもう、メキメキ弾けるような実感が湧いてきたんだよ。
(※個人の感想です。)

その「ふしぎな急上昇」は、ちょうど飛行機がふわあっと離陸したかのようだ。

ああ、そうなのか。
先生のレッスンを100回受けるとね、ふわって離陸できるんだな。

飛行機が地上を離れて、ぐんぐん上昇するときの、あの感動とおんなじ感動を、まさかピアノで味わえるとは、思ってもみなかったよ。

なんだけど、またもや「罪悪感」をたずさえて、レッスンに向かうのだった。
いやあ、ブログの工事にかまけちゃって、バッハが手薄でさあ。ツェルニーもお指の事情で曲変えたし。



▼ハノン20番 → 不合格。

ハノン20番の楽譜、1-5小節

ハノン20番の楽譜、1-5小節

「強拍の頭」を「ぶつける」のではなく「心地よく落下させる」ようにとのご指導。

「弦のいちばん向こうまで、揺らせるように」とのおことば、
ああ、それは、このごろすごくよくわかる!

ウチで練習しているとき、ピアノの「弦」を気もちよく鳴らせるようにって、すごく思うのよね。

「鍵盤を弾く」のではなく、「弦を鳴らす」という意識がめばえてきたのよ。

その「弦をぜんぶ揺らす」ためには、ものすごーく「ピンポイント」で「弦を突く」ような感じ。
そして、「突いた瞬間」のみ、力を加えていて、それはもう、ほんのごくごくわずかな一瞬だ。

なので、まさに先生がおっしゃるとおり、「落下」そのもので、そのちょうどいい心地で落下させると、音がもちろんきれいで、かつ、けっこう「指がよろこぶ」んだよねえ。



▼ハノン/変ホ長調スケールとアルペジオ → 不合格。

ハノン39番変ホ長調スケールの楽譜、1-4小節

ハノン39番変ホ長調スケールの楽譜、1-4小節

スケール →「もっと抜けのいい明るい音で」
アルペジオ →「さいしょのほうが『なかなか開けにくいチャック』みたいでしたよ」

あちゃー、またそんなふうに言われちゃったよ。
前に、スケールでも「まるで、省エネで止まっていたエスカレーターが動き出したみたい」って言われてねえ。

あのー、なんか「弾きはじめ」にマゴマゴするの。
うまくその「世界」に入れない。パッとすぐに、それを「演じる」ことに迷いや恥ずかしさがある。

それ、やめないとねえ。
堂々と弾けるようにしたいよねえ。



▼ベートーベン:ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調 → 4回目のレッスン。

ベートーベン ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調の楽譜、1-4小節

ベートーベン:ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調の楽譜、1-4小節

一度通して弾いてみると、先生は「よかったですよ」とおっしゃってくださった。
いやあ、まあ、ほんと「たまたま偶然」がマレにつながった程度でね。

きょうは、真ん中のところをくわしく教えていただいた。

そもそも、さいしょの部分、1小節目左手「ソシレ」、そのつぎ2小節目の「ソシレ」→これは「エコーのように」と説明してもらって、ああ、なるほど!とナゾが解けた。

ソコ、なんかよくわからなくて、テキトーに弾いてたんだよ。
ああ、こだまね。山でよく、鳥の声がこだましていたけど、そうか、アレなんだなあ。

ええと、どの音もそうだけど、「なんとなく」弾くの、やめよう、マジで。

あと、転調したとき、「シャープの調と、フラットの調を、弾き分けましょう」とのこと。
ほんと、フラットってシックだよね。シャープは、ぱああっだけど。

とちゅう、ダイナミックになる部分、「走らないようにしてください」とご指示いただくも、
先生「でも、ねえ、まさか『走る心配』をするようになるなんて」

「なかなか感慨深いですよ」とおっしゃってくださったけど、
私は内心、ほんとそうだよね、でもレッスン100回のおかげだよねえって思えてならなかった。


ベートーベン ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調の楽譜、95-102小節

ベートーベン ピアノ・ソナタ第10番Op.14-2 第1楽章 ト長調の楽譜、95-102小節

98小節目のpではじまるところ。(赤矢印)
「もっとうつくしく。まるで天国に行きついたかのように。自分でも驚くかのように」

ああ、そんなふうに、私はちっとも感じていなかったな。
そんなにね、そこまでね、感動していなかったわ。

でも、先生ご自身のエピソードまでおうかがいしているうちに、ほんと、そこは「天国」なんだねって思えるようになってきた。

いろいろあったけど、気が付いたら、いつの間にか、天国だったんだ。

そしたら、私はそのあと、ちょっとまた「浮遊」するような感じになっちゃった。
あの「中二階」から、1階を見下ろすような感じね。

ああ、いまこうやってレッスン受けているのは、ほんの一瞬なんだなって。
一瞬だけ、この世に宿って、ピアノ弾いたりなんかしているけど、ああまたいつか、「上」に戻るんだなって。

まあ、ちょっと涙が出たりした。そのまま弾いてたけど。



▼バッハ:フランス組曲第4番アルマンド → 2回目のレッスン。

バッハ フランス組曲第4番 アルマンドの楽譜、1-4小節

バッハ フランス組曲第4番 アルマンドの楽譜、1-4小節

これがね、練習不足の極みでね。ああ。

先生「なにか足りませんね」
いえいえ、『なにか』どころじゃなくて、ぜんぶ足りないっつーか。

いつもそうだけど、「練習していたら → マシに弾ける」、「練習していなかったら → ぜんぜん弾けない」と、ただそれだけなんだよね。



▼ツェルニー40番の14番 → 1回目のレッスン。

ツェルニー40番-14番の楽譜、1-2小節

ツェルニー40番-14番の楽譜、1-2小節

↑これ、3日間しか練習していなかった。

というのも、前回11番が合格になって、▼12番が課題に出されたけど、

ツェルニー40番-12番の楽譜、1-2小節

ツェルニー40番-12番の楽譜、1-2小節

↑手が痛くなって、1日で挫折。

つぎの▼13番をやってみたら、

ツェルニー40番-13番の楽譜、1-3小節

ツェルニー40番-13番の楽譜、1-3小節

↑これも、また手が痛くなって、3日で挫折。

それで、14番をほんのちょっと練習しただけで、いやもう、レッスンではぜんぜん弾けなかった。
けれども、この音型の、基本的な弾きかたを教えていただいたので、方向性だけはわかったよ。

こうして、100回目のレッスンは終わった。
ここまで、しあわせになれたんだから、もういまのままでじゅうぶんだなあって思った。

ベートーベン、子どものときに、あんなによく聞かされていたけど、あれは「あの時」だけだったんだ。
あれは、あれでおしまいなのだ。

そして「いま」は、「ぜんぜんちがう時」を生きているんだって、ようやくわかってきた。