「おまわりさん案件」が発生するまえに、じつはあの「おねえさん案件」も、もうひとつあった。
おねえさんなあ、なんつーか、ええヒトなんやけど、二日に1回はウチに来るかね。
まあ、ウチに上がるわけでもないし、他愛のないお話を15分ほどして、帰っていく。
ちゃんと気兼ねして、「いっつもごめんなあ」と話を切り上げてくれる。
ちなみに、新居は「玄関チャイム」がもともと付いていない。
チャイムがないとこって、むかし住んでたアパートも、一軒だけそうだった。
そういう部屋は、宅配さんとかが来ても、扉を手でコンコン叩いて、来たことを知らせてくれる。
べつにドアチェーンもないので、そのまま開ける。
インターホンとかオートロックとか、それ、ドコの惑星のハナシでんねん?みたいな世界ですな。
すいませんねえ、下流のハナシばっかしで。
で、新居の一軒家もチャイムがないんで、来たヒトは、バンバン引き戸を叩くしかしゃーない。
▼こういうヤツね。すりガラスのヤツ。
あと、郵便受けもないから、郵便屋さん、普通の手紙でもいちいち扉を叩かないといけない。
てなわけで、わりとよく、いろんなヒトが玄関をバンバンするのには慣れてきた。
けれども、ある日の午後、「異様なバンバン」が聞こえてきた。
と同時に「あんたっ! あんたっ!」と叫んでいるので、すぐおねえさんだとわかった。
う~ん、今日はどしたんかいの?と私は玄関を開けた。
すると、おねえさんは語気あらく、
「あんたっ! あたしがあんなに言うとったのに、あのおっさんと付きおうとるなっ!」
は?
「わかっとるんよ、さっきおらんかったやろ?
あのおっさんといっしょに行ってたやろ?
バレとるでっ!」
おねえさんは、目を吊り上げ、真っ赤な顔をして震えんばかりに怒り狂っている。
私は、だいぶんおねえさんに慣れてきていたので、なんとなく検討がついた。
ああ、あの「謎男」と私がいっしょに出かけたと、そう思い込んでいるんだなあ。
「うんうん、おねえさん、あのね、そうじゃないよ、私は買い物に行ってただけだよ」と、
私はなるべくやさしい口ぶりでゆっくり説明した。
しかし、おねえさんの怒りは収まらない。
「あかんでっ! ゴマかされへんでっ! わかっとんねん! このどアホがっ!」
「うんうん、そうかそうか、おねえさん、ココ暑いから、ちょっとウチ入ろか?」
私は、玄関の上がり口に、おねえさんを座らせた。
すると、おねえさんは、じきに落ち着いてちょこんと座っている。
「おねえさん、麦茶でええか?」
「うん、ありがと」
おねえさんは、私が出した麦茶を飲むと、ニコッと笑った。そして、
「あんた、ピアノは? 弾かへんの?」と言う。
「うん、まだ弾いてないよ。音がうるさいか心配でね」
「あ、そうや、百均で売ってるで。
ビニールでぶ厚いヤツ。
あれ、窓に貼ったらええわ」
そのことばに、私はまたちょっと胸が詰まった。
切ない。
「うん、それはええ考えやね。
ありがとね、おねえさん」
おねえさんは、麦茶を飲みながら、ちょっとだけ話をして、帰っていった。
私がピアノを弾くことを、覚えていてくれたんだなあ。
シロウトにはまったくわからないけど、もしかして、おねえさんは病気かもしれない。
で、私はついうっかり「もし、病気じゃなかったら、すごくいいヒトなのに」などと思ってしまった。
いやあ、でもそういう考えはどうなんだろう?
病気(かどうかもわからない)も含めて「そのヒト」なんだから、「病気がなければ」というのも、なんか抵抗があるというか。
だって、私もオカしい人間だからね。
謎男さんだって、好きこのんで、怒鳴ったりモノをぶつけたりしているのだろうか?
なにかしら、不穏なものを抱えているから、そういう行動を取っているのかもしれない。
とはいえ、そののち「おまわりさん案件」が勃発してしまうのだった。
でも、コレ、ものすご~く「ホンモノのおねえさん」にソックリ!
ちょうどこんな感じで、ふつうにしてたらけっこう美人さんなのよねえ。
それにしても、AI、スゴすぎっ!