「集中内観」に行って、一週間ひたすら反省しまくったら、親に対する邪念は消失した。
はい、ぜんぶなくなりました。
だから私は、約2ヵ月前の5月3日、7年ぶりに母に電話をした。
電話して、泣いてあやまった。
そしたら、母は、私を許すどころか、「私が悪かった」とあやまってくれた。
そんなことは微塵もないのに。
内観している最中にも感じていたことだが、「親は、まるで神様のように、私のすべてを赦し、愛してくれる」のだ。
私ねえ、内観してるとき、ほんと、そうとしか思えなかったのよ。
子どもがどんなことをしようが、何十回何百回裏切ろうが、まるでなにもなかったかのように、これでもかこれでもかと愛してくれる。
それが「親」なんだと、心底わかったんだよ。
だから、私は最終的に、いま施設に入所している母を、在宅介護したくなったのだ。
89歳まで生きながらえてくれた母を、これからは、すぐそばで看てあげたくなった。
私自身が、そういう生活をしたくなったのだ。
今日は、私と母が、あらたにいっしょに住むマンションの、賃貸契約に行って来た。
私の妹も、母の義弟も、ものすごく助けてくれた。
マンションのオーナーさんは、最初、私の収入があまりにも少ないので、「審査の対象にもなりません」と言われていた。
しかし、かなり高額な保証金を入れることで、了承してくれた。
その保証金は、妹が私に貸してくれた。
契約には「同居人の母が亡くなった場合は、速やかに退去するものとする。」という条項が盛り込まれている。
つまり、母の年金があってこそ、入居できるギリギリの物件なので、母にもしものことがあれば、私は即退去する前提での、賃貸契約である。
あ、なんか、そういうの、いいなあと思って、契約した。
オーナーさんは「今日は大安なんですよ」と笑顔で言ってくれた。
いまから三日前の「夏至の日」から、ぐーっと大きく「自分に変化が加えられる感覚」があった。
そして、今日という日を迎えられた。
私は、これからいっそう、しあわせになれると、なぜか確信している。