母が退院したその日、自宅に戻って、自分の部屋のイスに腰かけることができて、とてもよろこんでいた。
それが、2月29日。
翌日から、母は、
「しんどいから、ベッドで横になってるわ」と言って、イスに座らなかった。
母「入院の疲れだねえ。起きて座るのが、しんどいわ」
そう言っていたし、私も退院前後のあわただしさに、疲れ切っていたので、母もそうだろうと思っていた。
そして、今日もまだ、ほぼ一日ベッドで横たわっていた。
よく考えたら、トイレのときしか、起きていない。
ずっと寝ていて、いきなりトイレのために、シルバーカーで歩きだすのは危険だ。
いったんベッドに座って、軽く足を動かすことを提案。
私といっしょに、足を前に突き出したり、ももを上げたり、ごく軽い運動をしてから、立ち上がる。
シルバーカーでとてもゆっくりなら歩けるが、私は母の左腕をがっちり支えている。
トイレでも、下の衣類を自力では下げられないので、手すりにつかまってもらい、私がおろす。
用が済んだら、呼び出しボタンを押してもらって、また介助してベッドに戻る。
入院中は、看護師さんに気兼ねして、ほぼひとりでトイレを往復していたらしい。
けれども、一度トイレのなかで転倒したという。
たまたまコールのヒモに手が届いて、看護師さんを呼べたそうだ。
う~ん。
そして、入院しているあいだ、ほぼ一日ベッドに寝ていたそうだ。
う~ん、う~ん、やっぱり要介護4だなあ。
ほとんど「寝たきり」じゃん。
ただ、ベッドに座って、足を突き出す姿勢とかは、しゃんとしていて、リハビリで習ったとおりにデキている。
理学療法士さんも「まだ歩けますよ」と言われていたらしい。
なので、予定としては、2週間後ぐらいから、訪問リハビリも来てもらうつもりだ。
ただねえ、母のホンネは「なんにもしたくない。ずっと寝ていたい」なんだよね。
寝ていると、すごくラクだそうで、寝たまんま楽しそうにおしゃべりしている。
アタマは、ほんとしっかりしていて、なんにも困らない。
むしろ、退院してから、いっそう細やかな気づかいをしてくれて、
グチや不平不満さえ、もう言わなくなった。
ちょっとコボすことはあっても、自分から、
「ごめんね、もっと楽しいお話しようね」と切り上げてくれる。
歩けないことにイラ立つこともなくなった。
なんか、ますます「やさしくて、いいお母さん」に成り果ててしまった。
あんまり「いいヒト」過ぎて、おいおい、ホトケさんに近づきすぎるなよ、まだ早すぎるよ、とか思ったりする。
現金なもので、こんなに笑顔で、いつも「ありがとう」を連呼してくれるヒトだと、ぜんぜん介護がしんどくない。
徐々に寝ている時間が長くなり、もうすっかりおだやかな人柄になってしまい、ああ、こんなふうに老いていくのかなあ、となんとも言えない気分だ。
なんかさ、「影が薄くなっていく」みたいなんだよね。
はかなげになってきた。
ただ、胃ろうで人工栄養を摂っているので、顔もふっくらして色つやもよく、安心して見ていられる身体になった。
自分で体調もよくわかっていて、たまに、
「今日の『ごはん』は半分でいいわ」とか伝えてくれる。
そしたら、私が栄養剤を半分に減らし、お白湯は規定量を入れる。
胃ろうのケアなんてカンタンで、どうってことないが、ふう、口からは、なにも食べたくないそうだ。
ただ、今日はカフェオレをコップに半分だけ飲んでくれた。
お昼寝から目が覚めて、のどが渇いたらしく、「おいしい、おいしい」と飲んでいた。
そして、しばらくしたら、またふとんにもぐって、スヤスヤ寝ていた。
寝顔を見ていると、おばあさんに思えることもあるし、小さな子どもに見えることもある。
いま、「ふしぎな時」を、母といっしょに過ごしているなあ。