「ほんとはテレビを見たい」と言う母。
ソレも何回か聞いているので、
「じゃあ、ベッドで寝ながら見られるように、テレビの位置を変えようか?」
と提案しても、
「ううん、そうじゃなくて、テレビのまえのイスに座って、ちゃんとして見たいの」
訪問診療のお医者さんも、たびたび、
「テレビとか見られていますか?」と尋ねてくださる。
私だって、母がむかしからテレビ好きなのは知っているから、ほんと見たらいいのにって思う。
けれども、いまだ「テレビを見る」という行動はしていない。
母「私、テレビ見たい見たいって言ってるけど、ずっと見ようとしていないね。
ということは、春ちゃんがよく言っているように、
私の本心は『そんなに見たいわけじゃない』ってことだね」
うはは!
私がさあ、ついつい心理学のウンチク垂れるもんだから、うむ、すばらしい、母ちゃん自分で深掘りデキるようになってるよ。
私「そうそう、スゴいね。
私も、いまの母ちゃんは、そんなにテレビを見たいんじゃないように思うよ。
てか、母ちゃんは、いま、なにをしているときが楽しいの?」
「…………ふふ」とニヤニヤして、なかなか答えない母。
「なになに?」
「あ、の、ね……寝ているときが、いちばんラク、うふふ」
「そっかー、寝ているときかあ」
「うん、寝ていると、ラクで気もちいいの」
「ふうん」
「でも、こんなに寝てばっかりじゃダメって、自分を責めてもいるの。
まえみたいに、ちゃんと起きて、テレビ見たりラジオ聞いたりしていなくちゃ、って」
「うんうん、寝ている自分にバッテン付けてるんだね」
「そーなのよーっ!」
「なるほど。
けどさ、気もちいいんだったら、好きなだけ寝ていてかまわないんじゃない?」
母「そうかなあ?
でも、寝てばっかりだとダメだって思っちゃって」
「いいじゃん?
そのときそのとき、好きなことやってたらいいよ~」
う~ん、寝たきりになっちゃったヒトの気もちって、去年までは考えたこともなかった。
けどさ、こんなふうに母とくわしく話をしていると、ほんとのところ、
「心地いいから寝ています」ってのが、実情かもしれない。
このごろの母を見ていると、あんなにくーくー寝ていて、よく退屈しないなあって思っていたけどね。
寝ている心地よさのほうが、テレビや読書よりもずっと上回っているみたいだ。
ホッとするのは、「気もちいいから寝ている」ってこと。
べつに、しんどいから寝ているわけじゃないんだよね。