私は思わず、台所の窓を開けた。
すると、すぐ目の前に、隣の家の壁がある。
テレビの音はいっそう大きくよく聞こえた。
といっても、大音量で付けているわけでもなく、まあ「隣の『部屋』からよく聞こえる」程度だ。
ヒトの話し声もときどき聞こえる。
そうか、わかってきた。
たぶん、ウチの家も隣の家も「スキマ」がぎょうさんあるんですな。
それに、壁も非常に薄いんだと思う。
メジャーを伸ばして、隣家との幅を測ったら、約70cmだった。
どうだろね?
まあ、このぐらい離れていても、スキマだらけで壁が薄かったら、生活音は丸聞こえなんだねえ。
しばらくすると、隣のウチから、うがいをする音や水を流す音も聞こえてきた。
そうか、「うがい」まで聞こえるんだ!
私は、そうっと台所の窓を閉めて、息をひそめ、深刻に悩みはじめた。
コレ、ムリっしょ?
こんなんで、グランドピアノなんか弾けるわけないっしょ?
ああ、失敗したなあ。
いくら大家さんが「グランドピアノOK」と許可を出してくれても、じっさいに音で困るのは、隣近所に住むヒトたちだ。
内見のときはまったく気がつかなかったが、ここまで「スキマだらけ」だと、そりゃあ音は丸聞こえだねえ……
どうしよう?
途方に暮れて、台所でぼんやりしていたら、床には数匹のゴキブリが元気に走り回っていた。
そっか、引っ越す前にバルサン焚いときゃよかったな。
風呂場をのぞくと、浴槽のフチに小さなカタツムリが這っていた。
おまいは殻をしょってるだけで、ずいぶんナメクジより得しとるな。
でも、カタツムリと混浴したくないので、トイレットペーパーで摘み上げ、ゴミ箱に捨てた。
風呂といえば、まだプロパンガスを開栓していないので使えない。
肝心のグランドピアノも、運送の都合で、三日後に搬入される予定。
運び込まれたとしても、どうする?
はじめて二階建てに住むので、寝室は二階の和室だ。
ずいぶん贅沢だと思いながらも、先行きが不安でふとんに入っても寝付けない。
築45年だからか、それとも安普請だからか、風が吹くと建物はギシギシと音を立て、すきま風がふうっと顔の上をよぎった。