その中年女性はというと、ぞんざいなしゃべり口調に似合わず、ちょっとキレいな顔立ちのヒトだった。
目鼻立ちがくっきりしていて、若いときはさぞ美人だったろうと思われる。
ニンゲンって、キレいめのヒトには弱い。
それに、家賃を答えて、「あんたはダマされてる」と言われたら、思わず身を乗り出してしまう。
が、私が訊くまでもなく、女性はまくし立てはじめた。
「あんた、アホや。
大家にダマされとるんや。
ウチラみんな、3万の家賃やで。
あたしに言うてくれたら3万でイケたのに、アホやなあ」
え? 3万?!……と聞いて、ほんま一瞬「あれ?損したかな」と思った。
しかし、女性の話はところどころ脈絡がない。
どうやらすぐ近所に住んでいるようだが、なんというか、初対面でこんなに一方的に話しかけてくるのも面食らう。
なにせ、まだ引っ越し作業のとちゅうなので、私は、
「ちょっとすみません、またあらためてごあいさつにうかがいますね」とあやまって、話を切り上げさせてもらった。
荷物の運び入れはすぐに終わった。
が、そのあと、洗濯機取付のため、業者さんを待ったり、なんやかんやですぐ夜になった。
日が暮れてから、近くのコンビニに行って夕食を買って帰る。
一戸建てにひとりで住むのははじめてだったが、夜に玄関まで戻ってきたとき、にわかにうら寂しい気分が湧いてきた。
これまでずっとアパートやマンションに住んできて、まったく意識していなかったのだが、集合住宅ってのは、けっこう寂しさをやわらげてくれるもんなんだな。
しかし、そんな感傷もほんのつかの間だった。
家のなかに入って、奥の台所に行くと愕然とした。
テレビの音が聞こえているのだ!
それもハッキリと。
私はテレビを持っていない。
窓も扉もぜんぶ閉めてある。
それでも聞こえるテレビの音というのは、隣の家のテレビだとすぐにわかった。
うわ……
こ、こんなに丸聞こえということはっ?!
果たして私は、ココでグランドピアノを弾いてええんかいなっ?!
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