十日後、母ちゃんは90歳になる。
ほんの3ヵ月前は、まだ母に連絡を取っていなかったので、私は「90歳のニンゲンがどないなっとるか?」まったく想像もつかなかった。
そんな年寄りに会ったこともなかったんで。
勝手なイメージでは「相当ボケとるんじゃないか? 寝たきりに近いんじゃないか?」と恐れていた。
しかし、じっさいに母といっしょに生活をしてみたら、まるっきりちがっていた。
まず、アタマはほぼ衰えていない。
引っ越し後、つぎつぎとやってくる介護関係者の名まえも顔も、グングン記憶していく。
日付も曜日も時刻も、カッチリ把握していて、手帳もなしで、だれがいつ来るのかわかっている。
むかしから「覚えることが好き」なのだが、そうやって記憶するのが楽しいという。
じゃあ、性格はどうなった?
それがねえ、むかしの猛々しい荒くれた気性の激しさが、すっかり鳴りをひそめて、別人のように丸く穏やかでほがらかな人柄に変わってしまった。
なんなんスか?
いったいなにがどうなって、こんな「好々婆」になっちまったのか、サッパリわからん。
しかし母ちゃんは「どこのばあちゃんですかいな?」ってほど、毎日ニコニコ笑顔でゴキゲンだ。
しかも、都合がいいことに、私のキゲンが悪くて少々雑に扱っても、そういうことはすみやかに忘れてくれるのだ!
いやあ、ふしぎだねえ。
むかしはね、そんなこたぁ、スゴく根に持って、ことあるごとにネチネチ責められたもんだけどね。
いまはちがう。
母はささいなコトに、こだわらなくなって、大らかになってしまった。
うう、見習わなあかんな。
んじゃ、ドコがよろしくないか?
ぜんぜんボケてなくて、かつ人柄まで丸くかわいくなって、それでもダメなとこって何?
うん、まあ、足が弱ってるとこかね。
シルバーカーを使っても、ウチの中でせいぜい十歩ぐらいしか歩けない。
だのに、朝から晩まで大きなイスに座りっぱなしで、まったく動こうとしない。
それが、私にとって不満だった。
ちゃんと運動したら歩けるようになるはずじゃん?
いまからでも、筋肉は鍛えられるじゃん?
そのまま動かなかったら、いずれ車イスになるのが、なんでわからんのん?
なので、同居をはじめた当初は、一日2~3回、「シルバーカーを支えに持って、1分間だけじっと立つ」というトレーニングをしていた。
けど、イヤイヤなんだよね、母ちゃん。
私「ほんとはイヤ? こんなにちょっとだけ立つのもイヤ?」
「うん、そう。しんどい。ずっと座っていたい」
「でも、動かないと、そのうちぜんぜん歩けなくなるよ。糖尿病も悪くなるよ」
「……そうだね」
ずっとこんな調子だったから、私はもどかしかった。
けれども、母から「サ高住でいっしょだった、90代のヒトたち」の話を聞いているうちに、私の気もちは変わってきた。
みんな、歩けなくなっていくのだ。
そして、みんな、そのうちオムツをするようになるのだ。
そういうのが「老いる」ということだと、私も腑に落ちた。
老いていけば、だんだん歩けなくなり、オムツになるのが、むしろ「自然なこと」だと、やっとわかった。
なので、もう私は、母ちゃんに運動を勧めないことにした。
「春ちゃんが、考えかたを変えてくれて、ラクになったわ」と母ちゃんは、にっこり笑っていた。
うん、それでいいよねえ。