「カッコいいヒトのマネをしたい」とやっと思えた私

日々のあれこれ

すっかり「介護ブログ」に成り果てている本ブログ。

そもそも私は「計画」などいっさい立てられなくて、「タダの思い付き」で生きている。

たまたま「そういう気分」になったら、気の向くままに行動している。

そしたら、どういうわけか「母ちゃんの介護」がメインテーマになってしまった。

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ピアノはどないなったっ?!

と、ほんまは叫びたいところだが、いやあ、まったく練習時間が取れなくて。

コレ、べつに母が悪いんじゃないのよね。

「必要最低限の家事」をマイペースでやっていると、いつの間にか一日が終わる。

ちなみに、料理はまったくしていない。

ほぼすべてスーパーやコンビニの総菜だから、調理の時間はゼロ。




あと、食洗機があるので、洗い物もほとんどゼロ。

掃除も限りなくゼロで、てか、母がクイックルワイパーで毎日やってくれる。

あたい、なにやってて一日が暮れるんだろう?

あ、そうだ。

引っ越し荷物の片付けを、おとといまでやっていた。

転居して1ヵ月間、チビチビとしか段ボールを開けられなくて、ようやくぜんぶ済んだ。

昨日が「古紙回収」の日だったので、一挙に不要段ボールを出し切って、ふう、部屋の見た目もマシになった。

ただ、ふつうのヒトは、引っ越し荷物を開けるのに1ヵ月もかからないだろう。

で、こんなにちょびっとしかない家事だって、ソレで丸一日ツブれるわけない。

なんかオカしい。

この「グズ」のせいで、どこのパートも務まらなかったし。

私「すいません、なにやっても遅いんだよ」

母「そうお? ていねいだからじゃない?」




「いやいや、なんかずーっとむかしから遅すぎて、ふつうにデキない

「え? むかしから?」

すると母は、ちょっと考えたのち、

「あ、そうかも。

そういえば、小学1年のとき、そうだった」とニヤッとした。

私「へっ?!」

母「そうそう。

1年生になってね、学校から帰ってくるとね、そこらへんにランドセル置いて、座り込んでた」

「はあ」

「いつまでたっても、ランドセル片付けないのよ。

あんまり時間がたったら、ちょっと注意するんだけど、やっと片付けても、また座って本読んだり、なんか見たりしてた」

「ああ、なんかそうだったねえ」

うん、思い出した。

なにせそのころから、チャッチャとできなくて、しょっちゅう「停滞」してたなあ。




母ちゃんからもときどき注意されたが、こういう「キチンとすること」は、ほとんどキツく言わないヒトで、そう、べつに「自分の几帳面さ」は子どもに強制しなかったね。

だからというわけじゃないけど、結局「グズさ加減」はついに直っていない。

けれども、いま現在、「ダラダラすること」はほんの少し改善されてきた。

それはね、母といっしょに暮らしてみて、母のいいところである「規則正しい生活」にあこがれるようになったからだ。

母は「夜9時就寝」を厳守している。

だから、テレビで、自分の好きな野球中継を見ていても、8時45分にはスイッチを切ってしまう。

たとえそれが「9回裏の同点」であっても、リモコンでオフにして、粛々と寝る準備に取り掛かる。

「自分が決めたことを守る」というのが、母にとっては当たり前。

私は、いまになってようやく、そういう母をカッコいいな、と思えるようになった。

だから、今後少しずつでも、グズも改善していって、いつかはピアノの練習時間を確保するつもり。

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