かつて、私のひとり暮らし歴は、合計26年ほど。
ずっと快適だった。
どう快適だったのか?というと、以前「親と同居していた時期」に比べると、はるかに自由で快適だったというわけ。
母が猛烈な過干渉だったので、子どものころからまったく自由がなかった。
行動はもちろん、考えかたや趣味嗜好まで母に強制されたので、非常に窮屈だった。
それに、感情的な母は暴力もヒドく、殴る蹴るがしょっちゅうだった。
当然、進学先や就職も母が決めた。
外出も、母といっしょに行動する以外は、ほぼすべて禁止。
そして私の興味が、母以外の人物に向かうのを極端に嫌っていた。
母は私に対して「一生結婚しないで、母のそばにいます」と誓う念書をしばしば書かせた。
まあ、その念書のとおり、いま私は母ちゃんのそばにべったりいるけどね。
ただ、それまでに、私は何度か「脱獄」している。
やっぱタイヘンなんすよ。
あらゆるすべてのことを、母の望みどおりに考え行動するのって、とちゅうで燃え尽きるんだよね。
なので、家出を3回、失踪を1回やっていて、母と音信不通状態は、計16年間もある。
今回の母と同居は、3回目の家出後、7年間音信不通のあと。
母ちゃんとは長年に渡って、さんざんバトッてきたが、ヤツもついに90歳。
まあ、そろそろ仲よくしようじゃないか。
というわけで、7月10日から同居に相成りました。
しばらくぶりにいっしょに暮らして、「予想外の変化」がふたつある。
ひとつは「母の人柄の変化」。
あらら、「やさしくて思いやりのあるお母さん」になっちまったよ。
7年ぶりに会ったとき、以前とは様変わりしていた。
ウソやろ、コイツ。
いまだけやろ、猫かぶっとって。
そのうち本性あらわすで。
などと、ビクビクしていた私だったが、はれれ、いつまでたっても「やさしくニコニコしているばあちゃん」である。
ってことは、つまり「もともとこういうヒト」だったんだよねえ。
それだのに、不幸な生い立ちだの、嫌いなダンナだの、母いわく「運の悪いことばかり次々起こる」ため、なんか怒り狂ってたんですな。
もうひとつの「予想外の変化」は、「私の変化」。
う~ん、どういうわけか「やる気が出てきて、ダラダラせず、動けるようになってきた」。
まさか、自分がこうなるとは思ってもみなかった。
コレっておそらく、
「『規律正しく几帳面な生活が得意』な母の好影響」なんだろね。
ひとり暮らしをしているときも、自分なりの楽しみはたくさんあったので、山登りやピアノに励んでいた。
それはそれでじゅうぶんおもしろかったけど、単なる日常生活は停滞しまくりで、ぐちゃぐちゃだったんだよね。
とくに最低限の家事はまったくできなくて、汚部屋になるわ、メシは満足に食わねーわ、フロは月1回がやっととか、そこらへんが機能不全におちいる。
ところが、そのあたりが上手な母に合わせているうちに、だんだんデキるようになってきた。
そして、「単なる日常生活」を規則正しく回すことが、じつはものすごく大切なんだと実感している。
ほんと、「当たり前の日常」がスムーズに進行してこそ、「本来の自分」につながりやすくなって、じゃあ、アレもやろうか、コレもやろうかって意欲が出てくるもんだねえ。