あきらかに母が倒れた音がしたので、あわててそばに駆けつける。
母は、トイレの前で座り込んでいた。
まだ、よかった!
前回、前々回とおなじく、尻モチをつく状態での転倒だった。
シルバーカーを押していて、たぶんヒザがくず折れて、尻モチをついたのだろう。
だが、骨折が心配だ。
母に、どこがどのぐらい痛むか、尋ねると、
「前とおんなじで、お尻が痛い。
お尻を打った」と顔をゆがめている。
しかし、ふむ、激痛ではなさそう。
では、どうしようかな?
じつは、私は低血圧で、若いころから上の血圧が80ぐらいしかない。
だもんで、起きてから3時間ほどは、さっぱり力が出ないのだ。
母の転倒が、午前5時20分ごろ。
そうだなあ、8時半ぐらいにならんと、母をベッドへ引き上げる作業はムリっすね。
母には申し訳ないが、デキないモンはデキない。
ていねいに謝って、私は、朝の用事にゆっくり取りかかった。
引き上げ作業がウマくいくかどうか、気にかかるが、ダメだったらしかたがない。
開き直って、ノロノロ用事を片付けていたら、日ごろ、どれほど自分が忙しくしていたか、はじめて気がついた。
「全力出し切り」の80~90%で、フル回転していたよ、母を待たせないために。
ありゃあ、ずいぶんムリしていたんだな。
今日のノロノロ運転で、ちょうどいい。
そうだそうだ、疲れずに心地よく介護をつづけるには、ノロノロがよろしい。
と、ほんまにのんびりやっていて、一段落ついたとき、母の様子を見にいった。
驚いたことに、母は、トイレ前から自力でイザって、もうすでにベッドの横に到着していた!
で、ベッドのほうへ身体正面を向けて、ベッドに上がろうとしている。
だが、当たり前だけど、足で立ち上がれないので、まったく動けない状態。
まあまあ、ちょっと休んで、朝ごはんを食べようじゃないか?
てか、私がメシを食わねーと、ぜんぜん力が出んからのう。
まずは、母をベッドにもたれられる体制に変更。
寒いので、遠赤外線カーボンヒーターをすぐそばに持ってきて、上着を着せる。
それから、朝ごはんのホットケーキとカフェオレを持ってきて、床に直置き。
あったまって、甘いモノを食べたら、母ちゃんもちょっと落ち着いてきた。
私の朝食は、豆腐・納豆・ワカメ。
骨粗しょう症によさげな食品を摂るようにしてるものの、あんましな、力は出えへんがな。
さて、母ちゃん引き上げをどうしよう?
まず、ふつうの靴下ではまったく踏んばれない。
なので、ウラに粒々のすべり止めがついた靴下に履き替える。
が、たいして変わりがない。
以前、転倒時にそなえて、グリップの効く「ヨガソックス」も検討していたが、まだ買っていなかった。
んー、なにかゴム製で踏ん張れるモノは……
そうだ、外履きのシニアシューズがいい。
さいしょ母は「部屋が汚れる」とシブッていたが、「後で拭くから」となだめて、シニアシューズを履いてもらった。
すると、おっ、コレはいい!
フローリング床でまったくすべらず、かなり踏んばれるようになった。
あとは、私の血圧を上げるのみ。
なんだけど、まだまだムリムリ。
低血圧とは長年の付き合い、もうしばらく時間がかかる。
母はといえば、自力で「ベッドに寝ころびたい」と、ベッドの柵や補助柵を両手でつかんで、四苦八苦している。
それを眺めているだけの私で、どうもすいません。
午前8時になれば、民間サポートサービスに電話で依頼はできる。
ただし……ソコは人手がかぎられていて、折り返しの電話ですら、数時間はかかるらしい。
立ち上がりのサポートに、当日に来てもらえるかどうかも、わからないそうだ。
私が案じていたのは、トイレ。
朝起きてから、まだ一度もトイレに行けていないし、もう朝食も取ってしまった。
この分じゃ、オムツを買ってきて、床に広げる準備をしたほうがいいのでは?
オムツなんて、コンビニに売ってるかの?
そして、今日はインフルエンザ予防接種だが、そりゃちょっと間に合わんでしょ?
ってなことを、私が話していたら、母ちゃん、血相変えて、
「ムリよっ! 私、オムツじゃぜったいできないっ!
インフルエンザも、ぜったい行くっ!」と言い張る。
ああ、はい。
私もなるたけ早く血圧上げるよう善処します。
で、いったん母のそばを離れて、食事の後片付けにかかった。
ところが、しばらくすると、母の絶叫が聞こえた。
なんだっ?! どうしたっ?!
私は母の部屋へ、すっ飛んでいった。
見ると、そこには……