もし母が骨折しても、ちっとも怖くなくなった理由

日々のあれこれ

おとつい母に面会したとき、もう母が、シルバーカーを使っているとわかった。

去年11月30日、入院してからは寝たきり。

その後、ちょっとずつ回復して、車椅子で移動できるようになった。

でも、車椅子から便座へ移るのは、自分でしていたらしい。

私は、ソレを聞いて、いや、ひとりでやっていて転倒したらどーすんの?!と心配になった。

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自力で移るのは、リハビリになってとてもいいけれど、そばでだれかに見守りして欲しい。

なので、面会のとき、看護師さんにお願いして、車椅子-便座移動のとき、見てもらうようにしてもらった。

そういうのも、母にはかわいそうだったけどね。

でも私は、転倒→骨折をものすごく怖れていた。

だが、おとついシルバーカーで、ひとりでトイレにも行っていると判明。




とっさに思ったことは、だいじょうぶかっ?!

だから、そのとき、母の気もちをまったく考えずに、

「入院しているうちは、なんとかガマンして見守り付きで、トイレに行ってほしい」と、すぐに頼んだ。

だけど、あとから考えたら、自分の言いかたをヒドく後悔した。

まず、なんで母をちゃんとホメなかったんだろう?

母はしんどいだろうに、毎日リハビリをして、シルバーカーで歩けるレベルまで、がんばったというのに、私は、そのことをほとんど口に出してホメなかった。

あーあ。

だいたい私は、シルバーカーをとても危険視している。

自宅でシルバーカーを押していて、4回転倒しているからだ。




ひとたび転んでしまうと、自力で起き上がれない母を、ベッドまで持ち上げるのに、非常に苦労した。

そう、「私が」困った。

もし万一、母が骨折したら、そう、また「私が」困る。

どこまでいっても「自分が困る」から、母に転倒、骨折してもらいたくない。

うわ、さすがに、そりゃ「自分勝手すぎる」と気づいた。

母は、自分ひとりでトイレへ行きたいのに。

それが母のやりたいことなのに、むしろ私は、母が「転倒や骨折を甘く見ている」と責めたい気分だった。

しかし、よく考えてみたら、転倒防止のために、移動のつど、だれかが見張っているなんて、母にとっては、とてもストレスだ。

母がリハビリに励んでいるのは、「自力トイレ」が、たぶん目標なんだろう。




だったら、もう母がやりたいように、ひとりでトイレへ行ってもらおう。

これまでずっと、母が絶対転倒しないように!と、ほんと執着していたけど、それ、あっさり止めることにした。

せっかく延命治療したんだから、もっと自由に、やりたいように生きてほしい。

今日、母への手紙には、

「私は、自分が安心したいがために、看護師さんの見守りをお願いしていました。

けれども、安全第一より、母ちゃんが自由に楽しく暮らせる毎日にしたほうがいいかもしれませんね。

怖くなかったら、どうぞ、ひとりでトイレへ行ってください」と書いておいた。

病院だろうが自宅だろうが、もし転倒、骨折となった場合、それは単に、なるべくしてなっただけ。

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