「老い」のサインが教えてくれるもの

体調が戻らへん。心臓ゴトゴト、早朝覚醒、しつこい疲れ、やる気喪失。

ワシって、趣味がハイキングだし、クルマも好きだし、あちこちウロついているから、ヒトから見ると元気そうに見えるらしいけど、いやじつはかなりヘタレで体力ないんだ。

加えて、精神的なドカン!ってヤツも尾を引く。
2月22日に仕事で大失敗した「ドカン!」がはじまりやね。(「仕事で大失敗、それを心理学的に考えてみる」)

それだけでもずーっとヘトヘトだったのに、3月20日にO先生の個人カウンセリングを受けたから、いっそう収拾がつかなくなってきた。(「今日、私は生まれ変わった」)

けれども、どんな出来事も「必然」だから起こるわけだし、ソレを引き起こしているのは「私自身」にほかならないし、で、いましんどくてヘロヘロなのもなにか意味があるんだよね。

じゃあ、こんなに長いあいだ使い物にならないのはなぜか?
なにを教えてくれている?

それはね、「人生は有限だよ」ってことじゃないかな。
「トシを取るってこういうことだよ」とも受け取れる。

だれもが、トシを取るにつれ、体力気力がおとろえてくる。
若いころに比べると、アレができない、コレもできない、こんなはずじゃなかったのにと愕然とする。

さて、そこでどうする?

べつに「守り」に入ったっていいんだよね。
現に、私も去年の暮れごろは「ああもう、そこいらの低山をウロウロしてのんびり老後を過ごそう」と思っていた。

でも、いまはちがうんだよねえ。
言うことを聞かないポンコツのカラダだったり、認知症スレスレのオツムだったりすんのに、いや、だからこそ「いま、やりたいこと」をやらないで、このままトシを取って老いさらばえていくのはどうしてもイヤじゃあ!って思っちまう。

あえて「しぶとく」生きたいんだ。

お手本を見せてくれているヒトはいくらでもいる。
イケイケドンドンのO先生もそうだし、N先生も毎年数冊出版しつづけている。ピアニストB氏なんて、もう88才なのにいまだにヨーロッパで講演活動をしている。

「守り」の生活は、たぶん「本来の自分」じゃないね。
素の自分って、きっと何も考えないでダダダーッと突進するヤツなんだと思う。

なので、ここらで一発、軌道修正の噴射をかまして、あきらめずに「やりたいこと」に食らいついたろう!

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