「うまくいかないこと」はすべてネタ

今年に入ってから、ぼちぼちピアノの練習をはじめている。
でも、まだハノンの1番をぜんぶ弾くこともできない。

1日の練習時間は15分ぐらいだ。
ハノン1番の一部を超低速で、右手1回+左手1回+両手1回が限度。

それは、手がすぐに痛くなってしまうからだ。指の関節や手首が痛くなる。

今回とくに痛みがひどくなってしまったのは、パソコンのキーボードを使いすぎたのがきっかけだった。
先月3月2日から、仕事の資料づくりでずっとキーボードを叩いていたら、そのあとからものすごく痛くなってしまった。

しばらくはピアノどころじゃないほど痛かったので練習していなかったが、20日間ほど休んだのち、もう練習を再開した。

痛みは少しマシになっているけど、痛いのは痛い。
ピアノだろーがキーボードだろーがいつも痛い。

いまから8年半まえに、はじめて電子ピアノを買ったときも、初日から手が痛かった。
そのときからいまに至るまで、弾く→痛い→止める→数ヵ月後弾く→痛い→止める→数ヵ月後弾く→痛い→止める……というエンドレスパターンがつづいている。

ま、やっぱりちゃんとピアノの先生に習わないといかんよなあ。
たぶん、根本的に弾きかたがまちがっているのかもしれない。

ただ、キーボードまであかんようになっちまったのははじめてで、けっこうガックリきた。
マウスなんて、数年まえから激痛で使えなくて、ケンジントンのトラックボールにしているし。

けれども、この「手の痛み」もきっとなにか必要だから生じているんだと思う。
なので、このごろは「考えない」ことにしている。

「ああ、痛いなあ」と「感じる」けれど、そのことについて「考える=このまま治らなかったらどうしよう?」というのはヤメることにした。
将来どうなるか?は、私にわかることではない。それは、べつの次元の「もっと大きなナニモノか」が采配してくれるものだ。

ライフワークを生きようとするときには、必ず「うまくいかないこと」が起こるという。
いまの私だったら、某芸術大学へ進学するぞ!と決意したというのに、肝心の練習がほとんどできない状態だ。

人前でピアノを演奏するのが夢なのに、ピアノの練習ができないとはいったいどうしたらエエんや?

そういうとき、カウンセラー先生は「うまくいかないことは、すべてネタだと捉える」そうだ。
中村文昭さん(実業家/講演家/作家)が「最初からうまくいくことなんてないと思っているんですよ。だから、周りの人に反対されたり、うまくいかなかったりしたシーンをぜんぶビデオに撮っておいて、成功してNHKが取材に来たときに、それをネタとして使ってもらおうと思っているんです」と言われていたとのこと。

この話は、カウンセラーN先生がライフワーク・セミナーでもおもしろおかしく話してくれたのだが、そう、ドキュメンタリー番組とかでは「うまくいかなかったネタ」が必ずちりばめられているわけで、むしろなんの障害もなくストレートに成功しちまったら、番組としてぜんぜんおもろないよねっつーこと。

だから、ああそうか、これネタなんやなあと私も思うことにした。
ネタとしてはとびきり上等じゃん?
受験でピアノ弾かなあかんのに、とっつも練習でけへんってめちゃくそウケるわ。

こういうとき、心屋仁之助さんだったら「いえ~い!」って言うんだよ。
2017年9月に行った講演会で、病気のこどもを抱えたお母さんのカウンセリングの話をしていた。

重篤な病気だった。お母さんは顔面蒼白だった。
それでもあえて、心屋さんはお母さんに「『いえ~い』って言ってみて」と頼んだ。

お母さんはなんのことかわからず、さいしょはなにもできなかった。
でも、心屋さんがもう一度頼むと、お母さんは蚊の鳴くような声で「いえ~い」とつぶやいた。

「もう一回、も少し大きな声で」「……いえ~い」「もう一回」「いえ~い」
お母さんは、ボロボロ涙をこぼしながら、ちょっとずつ大きな声で言えるようになった。そのうちにワンワン泣きながら笑えるようになった。心屋さんといっしょに「いえ~い!」と手を高々と上げた。

そしたら、その後なぜかそのこどもの病気がホントに治ってしまったそうだ。
治る治らないはともかく、私はこの話がとても好きで、講演のときもおもくそ泣いたし、いまもときどき思い出しては、心屋さんのやさしさやお母さんのけなげさに心打たれる。

だから、いま私も「いえ~い!」って言うことにした。

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