私としては、このおっかない大家さんに、いまの住所を伝えるのは、一瞬迷ったよ。
ただまあ、大家さん自身が言ってた、
「気もちのモンダイや、気もち。
ワシの気もちはわかるやろ?」ってヤツ。
うん、そりゃそうだ。
家主としてなら、やっと入居者が決まって、仲介手数料も払って、だのに「たった1ヵ月で退去」なんて言い出されたら、ま、腹の虫が収まらんやろな。
だから、たしかに私にも非があるなあと思いつつ、新居アパートの住所をゆっくりていねいに話した。
ソレがよかったのかどうか、わからんけど、大家さんは急にこんなことを言い出した。
「47万6千円、イケるか?」
は?
私「いやあ、まったくムリですね、すみません」
「ほな、30万でどないだ?」
えーっ?! マケてくれんのっ?!
なんか、やにわに大家さんが「スゴくいいヒト」に思えてきた。
だが、30万もムリムリ。
てか、なんぼ「気もち」言うたかて、契約ちゃうのに、そんなんスジちがいでっしゃろ?
「い、いやあ……」と私が返事を渋っていたら、
大家さん「ほな、20万、どない?」
ええっ?!
そない気前よう、マケてくれるんスかっ?!
でもなあ、20万でも10万でも、やっぱりヘンだよね?
私がウンと言わないでいると、
大家さん「おまえ、カネないんか?」と訊く。
このときばかりは、私は威勢よく「はいっ!」と即答した。
ついでに「だから、ココに引っ越しました。
ココの家賃は18,000円ですっ!」と付け加えた。
すると……、いきなり電話が切れてしまった。
はれ?
いったい何が起こったんだろう?
しばらくの間、さっぱりわからなかった。
しかし、大家さんとのやりとりを思い出してみると、
ははあ、なるほど、大家さんは「カネを取れそうだったら、取れるだけ取ってやろう」と思ってたんだな。
だが、相手は素寒貧のビンボーだ。
「このババア、一文無し」とわかったもんだから、さっさと切り上げたんだな。
うん、「無い袖は振れない」っていうけど、ほんまにビンボーやと、強みになるね!
ちなみに、このときの通話時間は、午前10時46分から11時10分、24分間だった。
そんなにね、長時間ってわけじゃない。
あと、めったに電話って使わないから、通話録音することも思い付かなかったなあ。
大家さん、むっちゃ大声出すけど、まあ、なんつーか、悪事をなりわいにしているとも感じなかった。
ただ、ビビる気分は、まだあった。
なんせ住所を教えちゃったから、大家さんが、直接ココへ乗り込んで来ないか、心配ではあった。
だもんで、またまた不動産屋さんに、コトの次第をチクりましてのう。
不動産屋さん「えーっ?! また言うてきたんですか?」
「はあ、でも、だんだんマケてくれましたが」
「マケるもなにも、違約金もう払ってるから関係ないですよ」
「ですよね」
「う~ん、ちょっとこちらでも対応を考えます。
またなにか言って来たら、僕にすぐ連絡してください」
と、不動産屋さんは、心強いコトバを残してくれた。
その後、エキサイト大家さんからの電話は、もう来なくなった。
そして、それから約2週間後、不動産屋さんから私に電話があった。
「こっちで話したので、もう大家さんは何も言ってこないはずです。
もしなにかあったら、すぐ知らせてください」とのこと。
果たして、そのとおり、もう大家さんから電話はかかって来なかった。
あの「問題てんこ盛り一戸建て」にまつわるエピソードは、これにて終了。
ふしぎな一軒家に1ヵ月滞在しただけで、これほどユニークで多彩なヒトたちに出会うとは!
いまとなっては、貴重な思い出のひとつ。